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僕は混乱し、しばらく呆然とした。それから、体に回された英司の腕をほどいて、彼の方に向き直った。
英司は僕を見て、笑顔を作った。部屋は暗く、窓の外の夕闇が、彼の目に映って見えるようだった。
「ごめん」
僕は英司に抱きつき、英司は、
「夜になってきたな」
と独り言のように言う。
そのまま目を閉じると、あの時の会議室で少し早かったキシの鼓動が、耳に届く気がする。
「ごめん」
ともう一度言い、あの時もキシに謝ったことを思い出した。
「謝るなよ」
英司の低い声が胸に押し当てた耳に伝わってくる。キシも低い声で、なんでお前が謝るの、と言ったっけ。
僕は、顔を上げて、
「しよう」
と言った。英司は、少し笑って、
「おお、何する?」
と言う。
「最初から」
「最初ってどれだよ」
僕は英司の手を引っ張っていって、ベッドに座り、正面に立った英司のベルトに手をかけた。
うまく外せないバックルを引っ張りながら窓の方に目をやると、まだ少しだけ残る夕闇に、部屋のどこかの照明が映り込んでいた。
英司は、自分のシャツのボタンを外しながら、僕を見下ろして、
「でも、君は考えてる、ずっと」
と言った。
見上げても、表情はよく見えなかった。
「なに?」
「前の男のこと」
「…いや、もうあんまり…」
言い終わらないうちに、英司が僕のうなじをつかんで唇を重ねた。
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