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特に大事なことは話さなかったし、キシが何を言ったかは忘れていて、ただ、僕を見て楽しそうに笑った顔が、他のいろんなことは遠くなっても、ずっと心に残って離れなかった。
そして、キシは僕の何を思い出すのか、想像するようになった。
芝田といるのを見られた時、当時の僕は自分のことしか考えなかったけど、キシは僕を軽蔑しながら、苦々しい思いをしたのではないか。
会議室で僕が泣いた時、キシは何か他に言いたいことがあったのではないか。
もっと良い人のところへ行きな、と言ったこと。
そういう関係だったのは上野だけだよ、と言ったこと。
もし、あのまま同じ会社にいても、キシは僕と会わなくなっただろう、ということ。
最後のは嫌な想像だったが、自分がキシにふさわしくなかったと思うのは、一種の慰めだった。
そして、そもそも僕を思い出すことはないだろう、といつも物思いを終わらせた。
キシがいなくなってからずいぶん時間が経っても、キシの笑顔が胸に映ると、僕はやっぱり彼が好きだった。好きの先に何も見えなかったから、キシは離れていったのかもしれないが。
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