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キシのことを少し話した。会社の同期だけど年上で、最初に見た時から好きで、向こうから手を出してきたけど、うまくいかなかった。向こうは会社を辞めた。
話してしまうと、よくある面白くもない失恋だった。
「その、うまくいかなかった理由を聞いたんだよ」
と英司が言った。
「うーん、好きになりすぎたかな。向こうは最初から、付き合うとかじゃなかっただろうし」
「何で?」
「タイミング的に、そういうことになった時には、会社辞めるって決めてただろうから。あと、好きな人がいるって」
英司は、えっとのけぞって、
「その人…そいつ、名前はなんていうの」
と尋ねた。
「名前はキシ」
「キシは、俺には似てないんじゃない?手以外は」
「なんで」
「幸彦くんがいたら、俺なら他に好きな人とか、そんなんどうでもいいですよ」
英司は、僕を見て笑った。僕もにっこりした。
キシの死んだ義理の弟は、まるで会ったことがあるみたいに、時折思い出す人だった。
実際には僕が想像で思い描いているだけのその人は、高校生ぐらいの男の子で、流砂のようなものに光が反射して輝く空間に、いつも一人でぼんやり立っていた。
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