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真一の母親が、羽柴の前に跪き、羽柴の手を握った。
「あなたには酷だけれども、どうかあの子を恨まないでやってほしいの。あなたに死に目を見せなかったのは、真一の意志よ。元気な時の自分を覚えていてほしいって、何度もあの子言ってたから・・・」
羽柴は項垂れたまま、首を横に振る。
「愛していたからなの。あなたのことを、本当に愛していたから、そうしたのよ」
母の目から涙が零れ落ちる。何度も泣きはらした目だった。
羽柴の口から嗚咽が漏れる。
羽柴は、声もなく泣いた。
声が出せなかった。
最後に見た真一の顔がよく思い出せない。
十ヶ月前にこの店の前で別れた時の顔が、思い出せない。
あまりにショックが大き過ぎて、何も考えられない・・・。
母が立ち上がって、仏壇の隣に置いてある包みを取り、羽柴の前に差し出した。
「これ、あなたにって」
だが羽柴の手はブルブルと大きく震えていて、包みを開けることはできなかった。それを見かねて、母が包みの結び目を解く。
そこには、きれいなシルエットの黒いウールコートと『耕造さんへ』と丁寧に書かれた白い封筒が入っていた。
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