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「ホスピスに入ってもずっと縫っていたの。全部手で縫い合わせていたから、随分時間がかかってしまって。でも、いい仕上がりよ。今までに作った真一の作品の中で、一番いい出来だって、工藤さんも仰ってた」
震える羽柴の両手に柔らかいコートを持たせ、母は言った。
「あの子ねぇ、いつも言ってたのよ。耕造さんは、僕と出かける時、決まってバツが悪そうに自分のくたびれたコートを見下ろしてたって」
羽柴が見下ろすコートに、ポタポタと大粒の涙が落ちる。
「本当に幸せそうに話してた・・・。あなたと一緒にいれた時間は短かったけど、本当にあの子は幸せだったのよ。本当に幸せだったの」
隼人が、涙を拭いながら仏壇に向うと、錦布に包まれた箱をそっと持って、母に差し出した。
母はそれを受け取ると、羽柴の手からコートを取り、その腕に箱をしっかりと抱かせた。
「どうかこの子を、あなたの傍においてやって。日本に帰っている間だけでいいの」
羽柴は噛り付くように箱を抱いた。
そしていつまでもそこを動こうとはしなかった。
その青年が大きく息を吸い込むと、濃い潮の香りがした。
なんだか酷く懐かしくて、鼻の奥がツンとする。
青年が浜に降りると、意外なことに先客がいた。
こんな真冬の寒い時期、観光地から外れた静かな海岸で、ひとり砂浜に蹲っている男。 その背中を見る限り、青年はいろんな意味で目の前の男が“先客”であることを悟った。
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