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青年は、あわよくばこの海に入ってこの世からおさらばしたいと思っていた。
青年自身、酷く情緒不安定になっていて、この調子だと上手く死ねそうだと思っていた。
だが、その男の背中を見た時、ふいに客観的に自分の無様な姿を見せつけられたような気がして、一瞬気分がさっと冷えた。
見れば、目の前の男の方が、より深刻に思いつめているようだ。
広い背中が震えている。寒い海風に晒されているせいか、それとも泣いているのか。
男の横顔が見える位置まで静かに移動して、青年はまじまじと男の顔を見つめた。
きっと涙も枯れ果ててしまったのだろう。呆然として何も映っていない瞳は、病的なほど暗い光を宿していて、青年の背中に冷たい悪寒が走った。
── あの男は、死のうとしてる。
悪い霧のようなものが、あの男を支配している。
あの男とここでこうして出会ったのは、神様の思し召しなのかもしれない。
青年はぼんやりそう思った。
あの男を見ていると、自分のたてた計画が、馬鹿げたものに思えてくる。
どんな理由があろうと、自ら死を選ぶのは、ひどく醜く滑稽で、空しいことであるということ。
青年は、本気でそう思えてきた。人間誰しも、自分より悪い状態の人間を見ると、不思議と前向きになれるのか。
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