act.15

10/17
前へ
/200ページ
次へ
 男が立ち上がった。  海を見たきり、自分の方には気づきもしない。きっと今声をかけたとしても、まるで耳には入らないだろう。  体格のいい男だ。自分なんかが「やめろ」と取り押さえても、きっと引きずられるのがオチだろう。  ── どうしよう。人を呼んでくるか。でも、そんなことをしてたら、きっとさっさと海にはいっちまうぞ。とにかく、まず声をかけようか。  海に向かって歩き出した男を追って、青年が足を踏み出した時、一際強い風が吹いて、 青年のもとに、白い封筒が舞い飛んできた。  男が座っていたところから飛んできたのだ。  青年は、足元に落ちる封筒を取り上げる。  『耕造さんへ』と几帳面な文字で宛名が書かれていた。  ── なんだよ。封が切られてないじゃん。  封筒を裏返してそのことを知ると、青年は、男に駆け寄った。 そして「耕造さん」と声をかける。  男はまったく聞く耳を持たないかと思ったが、かけた言葉がよかったらしい。男の歩みが止まった。振り返る。  ギョロリとした、無気味な目だった。 「あんた、耕造さんだろ」  青年がそう言うと、男は二、三回瞬きをした。 「これ。あんたのだよな」     
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1208人が本棚に入れています
本棚に追加