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男が立ち上がった。
海を見たきり、自分の方には気づきもしない。きっと今声をかけたとしても、まるで耳には入らないだろう。
体格のいい男だ。自分なんかが「やめろ」と取り押さえても、きっと引きずられるのがオチだろう。
── どうしよう。人を呼んでくるか。でも、そんなことをしてたら、きっとさっさと海にはいっちまうぞ。とにかく、まず声をかけようか。
海に向かって歩き出した男を追って、青年が足を踏み出した時、一際強い風が吹いて、 青年のもとに、白い封筒が舞い飛んできた。
男が座っていたところから飛んできたのだ。
青年は、足元に落ちる封筒を取り上げる。
『耕造さんへ』と几帳面な文字で宛名が書かれていた。
── なんだよ。封が切られてないじゃん。
封筒を裏返してそのことを知ると、青年は、男に駆け寄った。 そして「耕造さん」と声をかける。
男はまったく聞く耳を持たないかと思ったが、かけた言葉がよかったらしい。男の歩みが止まった。振り返る。
ギョロリとした、無気味な目だった。
「あんた、耕造さんだろ」
青年がそう言うと、男は二、三回瞬きをした。
「これ。あんたのだよな」
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