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青年は、自分の方こそ目を覚まさせてもらったという気持ちになっていた。
男の震える手が、白い封筒を開けるのが、視界の隅に見えた。
ひょっとしたら、あの手紙に、俺も救ってもらったのかもしれない。
青年はそう思いながら、海に背を向け歩き出したのだった。
彼自身の新たな世界に向かって。
稲垣は、いつまでも名残惜しそうな顔つきをしていた。
稲垣ばかりではない、羽柴の馴染みの同僚達もまた長い別れに寂しそうな表情を浮かべていた。
「本当にもう、帰ってこないつもりか」
一年前に別れを告げた同じ場所に立ち、稲垣はそんな台詞を口にした。
「ええ。こちらの社長にも、あちらの社長にも了解をいただきました。帰ってこないとは言っても、両社は提携関係にありますから、そちらの会社の仕事もできると思います。ただ、住む所が変わるだけですよ」
屈託のない笑顔で羽柴はそう答えると、「しっかりしてください」と稲垣の肩を叩いた。
「そうか・・・。寂しくなるな」
鼻を啜りながら稲垣が言う。
「うちの実家でさえ、そんな台詞は聞けませんでしたよ。九州の方じゃ、“日本男児の心意気を見せて来い。手柄を立てるまで帰ってくるな”、ですからね。酷いものです」
「そうなのか」
ハハハと二人で笑いあう。
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