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吹き抜けになったビルのエントランスゾーンに足を踏み入れて真一は、「あ!」と思わず叫んでしまった。
その声に、真正面の小さな噴水の傍らで佇んでいた男が振り返る。
「あれ? 須賀君じゃないか」
羽柴に初めて名前を呼ばれ、真一はふいに息苦しさを感じる。だが、努めて普段の自分を取り繕うと、「奇遇ですね」と声をかけた。
「待ち合わせですか?」
「そうなんだ」
二人して噴水の傍らに腰掛けて、微笑み合う。
「強引に呼び出されちまってね。君の方こそ、待ち合わせかい?」
「いいえ。仕立て上がった商品をお届けにあがった帰りです。人ごみを避けて歩いていたら、ここに行き着きました」
「そうか。でも、もう三十分したらここも込み出すぞ。近頃はやりのプロヴァンス料理とやらを食うために行列を作り始める。かくゆうこの俺も、それに付き合わされるんだが」
苦笑いした羽柴が、真一の手にある紙包みに目を留めた。
「本かい?」
「え? ええ」
「須賀君は、どんな本を読むの?」
紙包みを興味心身で見つめる羽柴に、真一はなぜか袋を身体の後ろに隠した。
「たいしたものではありません。僕もはやりの新刊に手を出したまでのことで。レジに行列しましたよ」
「なんだ、そうなのか」
似たもの同士だなと言って羽柴は笑う。
と、羽柴の携帯が鳴った。
「失礼」
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