「捨てずにいられない」女

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「捨てずにいられない」女

 「捨てる」ことへの考え方が真逆なのに、それでも素子とあたしのウマが合ったのは同じ“捨て子”という特殊な生い立ちだったがゆえだ。  あの子があたしに少し遅れて職場に入ってきたときから同類の匂いを感じ取ってはいたが、わざわざそんなことを聞けやしなかった。仕事中に世間話をしていて偶然事実が発覚したのは知り合って5年くらいが経った頃だったか。以来、あたしたちの間には奇妙な信頼関係ができた。他の同僚との結びつきよりは遥かに強く、でも「絆」と呼ぶには脆い関係が。  尤もあたしは、自分を養護施設の目の前に捨てていった母親の顔を記憶に留めているが、素子はそうじゃなかった。生まれたての赤ん坊の頃、あの子は真冬の夜にゴミ捨て場に放置されて、通りすがりの人にたまたま発見されたらしい。そのことを馬鹿正直に教えた人間は頭がおかしいと思う。その事実を知らなければ、素子には別の生き方があったはずだった。  捨てられた人間は、普通の人間よりもうんと“低い”場所から人生が始まる。社会的地位、自己肯定感、その他にも色々。  その不条理から目を逸らすため、何より二度と捨てられないために、ただ捨て続ける。息をするより自然に、捨てる側であり続ける。あたしの行動理由は至極単純で、明快だ。なのに、あの子にはなかなかわかってもらえなかった。  生い立ちが同じでも、こうも真逆の性格に仕上がるのだから人間は面白い。  そう呑気に思ってばかりもいられなくなってきたのが、素子と出会って10年目くらいの秋だった。あの子には昔から、イライラしたり、不安になったりすると、決まっておでこの真ん中に5,6本固まって垂れ下がってる前髪を無意識にいじるクセがあった。どこにも行き場がない自分を慰めるみたいに。あたしはその前髪を「コウモリ」なんて名付けていて、「剃れば?」と冗談めかして勧めたこともあった。  次第に、そのクセは他愛もない話をしているときにも、運転している間にも頻繁に出るようになった。あたしはそれを見るに見かねて、ついあんなことを囁いてしまったのだ―――全部、捨ててあげようか、と。  あの子が家に溜め込んでいる一切合財を一旦リセットすれば、きっと目が覚める。そうすれば素子は「捨てる」ことを恐れなくなって、今からでも普通の生き方を目指して軌道修正できる。そしてあたしは、大好きな快楽行為に勤しめる。文字通りの一石二鳥のはずだった。
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