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「捨てられない」女
私の前髪はいつも、5:1:5に割れている。
毎日、額の真ん中を弱々しく通るどちらつかずの一束を左にも右にもやれないまま家を出て、仕事場に向かうのだ。
この世には“割りきれないこと”ばかりで、この前髪もその一つに過ぎない。何でも極端に割りきりたがる同僚に言わせれば「剃れば?」だそうだが、そういうことではないのだ。こんな髪でも、もしかしたらいつか、役に立つ日が来るかもしれないから。
「素子!」
青いツナギの裾を地面に擦りながら、その同僚が手を振ってやってくる。「150cmある」と豪語して譲らないが、Sサイズの制服をあそこまで大胆に引きずれる150cmがいるだろうか。
「集さん、5分遅刻。昨日はどこで寝泊まりしたんだか知らないけど、また途中でゴミ拾いしてきたの?」
「そ、慈善活動!」
「『趣味』の間違いでしょ。遅刻しない範囲でどうぞ」
駐車場の前に出しておいたゴミ回収車に乗り込みながら言い捨てる。“集さん”こと、柊 集子は「あーん、待って!」と大袈裟に騒ぎながら助手席に転がり込んできた。
彼女とはこの仕事で知り合って、以来10年の付き合いだが、三十路を過ぎても振る舞いが昔のままだ。加齢している事実すら捨てているのではないかと思う。何せ彼女は、自分が住む家すら手放してしまった捨て魔だから。
「よーし、今日もバンバン捨てまくりますか!」
黙っていれば、円らな目が可愛い小動物系女子なのに。ここまで特殊な性癖を持ち合わせているとなるとどんな魅力も帳消しだ。
「天職だよね、捨て魔さんには」
「ほんとよ。難点はニオイくらいかなー。ゴミ袋放り込む勢いで、興奮に任せてプレスプレートに飛び込んじゃわないかって不安になるもん」
「止めないけど、私以外の人とコンビ組んでるときにしてね」
「うわー、万年相棒のあたしに向かってなんてドライな言い種! それだけ冷淡で執着しない性格なくせに、どうしてあたしみたいに何でも捨てたくならないの? なんで寧ろゴミ屋敷の主になってんの?」
一つ目のゴミ捨て場に着いた。質問には取り合わず、車を降りる。あらゆる不要物が混ざり合って醸し出される、容赦のない臭いが肺を満たした。これを、集さんはまだ「臭い」と感じられるのか。私にとってはもう、日常の空気といっても過言ではないのに。
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