「捨てられない」女

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 ネットを払い除け、両手に持てるだけのゴミ袋を掴んで。捨てる先も見ないまま、次々に放り投げて。そうしたらまた新しい袋へ手を伸ばす。  この機械的な作業に、純度150%の情熱でもって取り組むのが集さんだ。ゴミ袋を手に取る瞬間は冷徹な眼差しが、収集車に向き直った途端、喜びではちきれそうになる。「捨てる」という行為からどれほどの快楽を拾っているのかは、最早言葉にするまでもない。 「ああもう、最っ高」 「浸ってないで次行くよ」  そう声をかける前に、集さんはすぐ目の前のゴミ捨て場に走って向かっていた。ぶんぶん振れるポニーテールに誘われるようにして車で追いかけ、降りずに車内で待つ。集さんが走り出したらまた追いかけて、また待つ。  毎日、この繰り返しだ。誰かの役に立っているという実感など持てないまま、「死ねないから生きる」という受け身の日々を送っている。きっとこれからもそう。 「ふー……満足満足」  額を手で拭い拭い、集さんが助手席に這い上がってくる。次の収集ポイントまでは少し距離があるから、ここからは私の領分だ。人気が疎らな朝の住宅街を、ゆっくりゆっくり進んでいく。 「ずっと気になってたんだけどさー、あんたってば捨てられない病のせいで毎日ゴミに囲まれて暮らしてるくせに、ゴミが捨てられてくの見て、悲しいとか思わないわけ?」  ハンドルと私の体の間に顔を割り込ませてきた集さんを肘で押し返す。  ゴミが捨てられていくのを見て、悲しいと思うか? ―――思うわけがない。 「別にゴミが好きなわけじゃないんで……そこのところ、一緒にしないでいただけますと。私はただお金のためにこの仕事を選んでるだけです」 「んー、論理がわからん。ゴミが好きなわけじゃないのに、なんで溜め込むかなー」  黙って聞いていれば「ゴミ」「ゴミ」とうるさい。私は一度だって、自宅を埋め尽くす物たちを「ゴミ」と呼んだことはないというのに。  だってあれらは「要らないもの」じゃない。どうしても「要らない」という表現を当てはめろというなら、「今、要らない」というだけだ。いつか、意外な形で役立つかもしれないじゃないか。梱包材も紙袋も、インスタントのプラ容器でさえ、きっとどこかで役に立つはずなのだ。例えばそう―――雨漏りしたときの受け皿にするとか。
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