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朝は少しだけ苦手だ。あたたかい蒲団の中にいつまでも居たい気持ちを引き剥がして出て行かなければいけないから。
以前はあたたかくて柔らかい、誰も自分を傷付けないこの繭の中で時を過ごしたいとずっとずっと思っていた。そんな事叶う訳ないのに、それでも夢想していたんだ。
「みーなーとー」
目覚まし時計は10分前に止めた。今日はいつもと違って朝陽が一緒だから少し位寝坊しても大丈夫。そんな甘えがあってか湊は蒲団の中から手を伸ばし、枕元に置いたスマートフォンに触れた。
アプリゲームを開こうと思ったが、ここで始めたら蒲団から出られなくなりそうだ。もう一度枕元に戻す。
「湊ー」
「……はぁい……」
階段を上ってくる音が聞こえる、呼んでいるのは美智子叔母さん、だけどこの音は。
「湊」
「……あさひ……」
ノックもなくドアが開かれる。そこには呆れた顔の朝陽、湊の3才年上の従兄弟だ。180センチを超える長身、小さな顔の八頭身。いつ見てもシュッとしているなと蒲団の中でぼんやりと思った。
「お前、まだ蒲団の中かよ……」
「……ん……おきる、よ……」
「母さんが駅まで送ってくれるってよ」
部屋の中へは入って来ずに扉の所で立ち止まったままだ。起こすのを手伝う気はない、という事だろう。
11月中旬、蒲団の中は適温だ。部屋の中なのでそこまで寒さは感じないが、外に出てしまえばコートなしでは寒いだろう。今日の最高気温は何度?
そんな事を考えながら、まどろんだまま湊は返事をした。
「……ん」
「湊」
怒ってはいない、まだ。でも、これで起き上がらなければ本気で怒ると語感から伝わってくる。湊は渋々といった様子で半身を起こした。長めの前髪が視線を邪魔するので、耳に掛けてみるがそれでもはらりと落ちてくる。
ゴムはどこにあったっけ?
「……もうご飯食べたの……?」
「これから。お前の分焼き始めてる、だから早く来いよ」
「うん……」
多分食パンを焼いているという事だろう、開いた扉から微かに食卓の匂いがしている。焼きたてのパンを食べさせようという朝陽の優しさだ。
「早く来いよ」
「ん、わかった……」
見上げればにこりと朝陽が笑う。見慣れた笑顔にほっとする。
朝陽が背を向け一階へと向かう、すぐに来いと言う事なのだろうドアは閉めて貰えなかった。
ふっと息を吐き出し、掛け布団を捲りベッドから抜け出て床に足を付け、そのまま天井へ向かい両腕を伸ばす。
「んー……」
ぐっと伸ばし長く息を吐き出す。今日も一日が始まる。
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