1 はじまりのはじめ(刈谷 湊)

5/27
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/106ページ
 湊と朝陽は「ヒトツボシ」という小さな芸能事務所に所属する男性7人グループ「エンドレススカイ」の一員だ。  7人グループとして結成2年目、まだまだ知名度は低く全国区など夢の先。活動は地元ライブハウスを中心に、県内のラジオやケーブルテレビの番組にいくつかレギュラー出演をしている。  メジャーデビューもまだ果たしていないが、県内なら知っている人は知っているグループ、そんな存在だ。  結成2年目、と言っても今のエンドレススカイになるまでには紆余曲折があった。今でこそ7人で安定したグループ活動をしているが、結成当初は十数人もいた。  湊がこの事務所に入る前からエンドレススカイ自体は活動していたので、この名前での活動年数は5年程になる。湊もCD発売の前から所属はしていたので初期メンバーと言える。  事務所の入るビルにはレッスン場がある。  普段のレッスンは振り付け指導の講師を招いて行われるものがほとんど、たまに外部に行く事もある。 「道臣、テンポずれてるよ!八牧、手の先まで意識しなさい、かずま、あんたもずれてる、鈴木と被ってるのが分かるでしょ?!」 「はい!!」 「じゃあ、もう一度ね!!」 「はい!!」  先生の手拍子と共に、フロアにいる7人全員の集中が高まる。湊は自分の中でテンポを取りながら、目の前の鏡に向かい笑顔を作る。もうスイッチは入っている、ここはステージ、そう思い込ませ体を動かす。  今踊っている新曲は来月のライブで披露する事になっている。まだ猶予はあるが、覚えられないとグループのペースを乱しかねない。皆真剣な顔でレッスンに取り組んでいた。 「かずま早い!」 「はい!」 「道臣!」 「は、はい……!」  横目で見れば、道臣がもたもたとターンをした所。あぁ、ずれた、完全に。はぁはぁと息を切らしながら踊っているが、集中は切れていない、真剣な眼差しのままだ。  今回の新曲のダンスはいつもよりも激しい、その分終盤ともなれば息が上がって来る。だけど疲れた素振りなど見せられる筈もない。皆が皆きびきびと動き、そしてラストのフォーメーションへと足を動かす。 「……はぁ……はぁ……」  曲が終わり、フロアには皆の呼吸音が響く。何度も練習を重ねた後だ、恰好悪いけれどライブ本番ではないので仕方ない。  講師である今岡が皆を見つめ、こくりと頷き、パンと手を叩く。 「はい!振りは全員頭に入っているみたいね……まだ完璧とは言えないけど及第点て所でしょう……」 「ありがとうございます」 「朝陽と久真(くうま)ちょっと」 「はい」  グループリーダーの朝陽、ダンス練習ではリーダーになる事の多い鈴木久真が呼ばれると、その場のメンバーの肩から力が抜ける。メンバーが床に腰を下ろし出すと、湊もその場にしゃがみ込んだ。  レッスンはこれで終わり、皆の息が整うのを待ってマネージャーの古田がメンバーに近付き、この後のスケジュールの説明を始めた。  ダンスレッスンは限られた時間でしかない。先生は多忙な人なので、普段の練習はお手本の動画を見ながらメンバー同士での練習になる。その中でも朝陽と幼少からダンスをやっていた久真はダンスリーダーになる。  呼ばれた二人の背中を見ながら古田の話を聞く。聞いてはいるが、この後のラジオメンバーではない湊は夜のライブまでは自主練をしようと思っていた。 「刈谷、ちゃんと聞いてた?」 「は、はい……」  ぼんやりとしか聞いていなかった事が、マネージャーの彼女にはばれていたようだ。苦笑で返されたが、スケジュールが把握できている事は伝わっているのだろう。それ以上何も言われなかった。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!