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半開きの唇を上下左右、猿のように動かしている少女。歯茎と頬の間に挟まってしまった食べたもののかすをとろうとしているのだろう。
そんなみすぼらしい仕草を公衆の面前でさらして平気でいる少女の向かいには友人とおぼしき同年代の少女がいて、澄まし顔でスマートフォンの画面を眺めている。
無言で身動きもないなんてことのない姿だけれど、見た目がよくて、実に品がいい。向かいこの子にはなんの見込みもないが、あちらの子ならば、後をつけて殺してしまえば、さぞかしどす黒い後悔と素晴らしい快楽が背徳感の源泉から得られるだろう、と思ったが、残念なことに私にはそのような凄惨な嗜好はない。なので当然殺人の経験もない。私にはシリアルキラーの素質なんてない。
レジでは幼稚園くらいの子供をつれた母親が会計をしていた。店員に向けて子供の口からごちそうさまを言わせようとしていたが、子供は恥ずかしいのか母親のシャツの裾を掴んで、尻の後ろに半分だけ体を隠している。
結局、その子供がお礼を言うようなことはなく、代わりに母親が頭を下げながら店を出た。この一連の行為がマナーにのっとったものなのかどうかは私には判断できない。子供に対する無理強いは醜い。けれど、世の中のマナーの大半が無理強いであることもまた事実。教育の善悪の判定はいつだって、判断保留のままで世間の深部に蓄積されているのだろう。
出ていった親子と入れ替わりに、中年女性が店に入ってきた。その女性は店内をぐるっと見回し、様子をうかがいながら、私のいる窓際の席へ一直線に向かってきた。そしてドリンクバーの前を通過したところで曲がった。その先は従業員以外立ち入り禁止。女性はこの店の店員のようだ。
二つテーブルを挟んだ先から奇声があがった。小学生低学年であろう兄妹がじゃれあっていた。が、すぐに両親がたしなめたので静かになった。その両親は申し訳なさそうに周囲の反応をうかがっていた。
それから私の元に注文した料理が運ばれてきた。運んできたのは先ほどの中年女性だった。私服の際の印象のない無表情を、こなれた営業スマイルで見事に上書きしてあった。
その女性従業員は私に、鉄板が熱くなっているので注意するようにだけ指示して、キッチンへと戻っていった。
運ばれてきたハンバーグは美味しかった。冷凍のハンバーグより美味しくて、手作りのハンバーグほどは美味しくない程度に。
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