フープかボールか、クラブかリボン

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 13m四方のマットの上。体育館の天井へ向かって投げ放たれたプラスチックの輪っか。直径は80cmで重さは300g。軌道が乱れて、私の伸ばした手の平をかすめて直撃したのは顔面だった。  たかがプラスチックのフープ。それでも顔を抑えてその場にうずくまった。曲も止まって、仲間たちの動きも止まる。  私は新体操団体の日本代表。オリンピックが終わって、新体制になってキャプテンに任命されていた。  前回大会は8位。次回の開催地は東京だった。メダルは至上命題。そんなプレッシャーをもろに受けた私は、立つことが出来なかった。  20歳の私は、新体操の選手にとってはベテランといえる。柔軟性が失われつつあり、今まで出来ていたことが困難になる。紗弥加はそれが顕著に現れ、こうやって練習を止めてばかりいた。 「キャプテンを降ろしてください」  上体を起こして、絞り出すように訴えた。直撃したフープはまだ転がっている。叱られるのを恐れた子供が逃げていくように、マットを飛び出していった。  自分よりもふさわしい人がいる。練習を止める人間には資格がない。これはチームの為の決断だと。チームの力になれるようになるまで自分を外すべきだと訴えた。  長テーブルの上に座っていたコーチの加美山律子。退屈そうな子供みたいに足をプラプラ動かして黙って聞いていた。  今年40歳のショートカットで猫っ毛で、傍から見れば可愛らしく見えても、私にとっては嫌味ばかりの憎い人。 「もう一度最初から」  再開を告げるコーチ。逆再生したみたいに選手たちはスタート位置に戻る。私はマットにへたり込んだまま、それでも曲が流された。  曲のテーマは復讐。愛する男と我が子を、逃げるように抜けた闇の組織に殺された女性が、かつての仲間を殺していく復讐劇を描いた映画に使用されていた曲。  闇の組織も我が子も、ましてや殺しなんて非現実的な世界観に感情移入なんて出来やしない。仇に見立てたフープを投げて掴んで転がして、クラブを剣に見立てて突き刺したって、憎いと思えないし、殺した感触だって理解出来ない。  コーチがこの曲を選んだ理由はわかっている。マイナーな新体操。少しでも注目を集めるためにヒットした映画に乗っかったのだ。私は注目を浴びたいんじゃない。メダルを獲りたいんだ。
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