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「自分、干場義広いいます。専門学校で学生たちに製図を教えたりしてます」
店内を見渡すことに飽きたのか、歩美から差し出された烏龍茶に口をつけながら干場は唐突に自己紹介を始めた。
「製図の先生をしてらっしゃるんですね」
「いえ、先生じゃありません。講師です、講師」と干場は右手を顔の前で小さく振るいながら否定する。歩美にとって先生と講師とは呼び方の違いこそあれど、そこに大きな違いなどあるのかと疑問にも思ったが、干場なりの拘りなのだろう、敢えて言及はしない。
「まぁ、安月給の雇われ講師ですわ」
「専門学校の講師さんだと、ご苦労も多いんでしょう?」
歩美の問いかけに待ってましたとばかりに干場は鼻息を荒くして答える。
「そりゃあ、大変ですとも。最近の学生はとにかくいけない。常に楽をすることばかりを考えているように思える。講義すればテキストの陰で漫画を読んでいるか、携帯電話をいじってる。課題を出せばクラスの出来る奴の宿題を丸々コピーしてそのまま提出してくる。もう、どうにもなりませんわ」
すでにアルコールが入っていることもあってか、干場は大げさな身振り手振りを加えながらいかに自分が日々の業務の中で奮闘しているかを熱く雄弁に語った。
「でも干場さんのような熱心な方に講義をして頂けるなんて生徒さんも羨ましいわ」
「そう!その通り!彼らは自身の幸福な環境について理解してないんですわ!」
歩美のあからさまなお世辞にも全く謙遜することなく熱弁を続けるだんご鼻の男の姿を見て、講義でも一人でひたすら知識を吐き出す拡声器と化しているような干場の姿が容易に想像できた。
学生たちが真面目に講義に参加しないのは、きっと楽をすることばかり考えているだけではないだろう。
「そういえば、あのテレビは映るんですか?」
店の奥に鎮座する先ほどまではバライティー番組を映していたブラウン管型のテレビを指差しながら干場は歩美に質問を投げかけた。
「専用のアンテナを取り付けてるので映りますよ。つけましょうか?」
「ああ、見てみたいですね」
ブラウン管のテレビを見るのは久しぶりだななどと干場はおもちゃを目の前にした少年のように一人嬉々としている。歩美はカウンターの端に置いてあったテレビのコントローラーに手を伸ばすと電源をつけた。
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