『羽化』

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数秒の暗転を経てからゆっくりとブラウン管に映し出される映像。 先行する音声は妙にはっきりと聞こえる気がした。どうやら、何かの事件の指名手配犯について話をしているようだ。そして完全に光を取り戻した画面を見て歩美はひどい動揺と後悔を覚えた。 テレビには十年以上前に起きた、とある事件についての特番が組まれているらしく、指名手配犯のものと思える男の人相書きが映し出されている。その男の特徴は腫れぼったい目に飛び出した歯、そして大きなだんご鼻とデカデカとテロップで流されているではないか。 何とも見覚えのある顔である。不快感が憎悪と恐怖にかわる。 これはマズい……今までも似たようなことはあったが歩美はなるべく関わらないようにして上手くやり過ごして来た。ただ今回は何とも間が悪い。 歩美は努めて冷静を装い干場の様子を伺う。だがつい先ほどまでブラウン管にはしゃいでいた男の姿はそこにはなかった。もう酔いも醒めてしまっているのだろうか、中身が氷と水だけになったグラスを片手に流れる番組をどこか不服そうに眺めている。 「なにかもっと面白い番組に変えましょうか?」何気ないといった感じで歩美は提案してみせた。 「……いえ、このチャンネルで」 「そういえば動物の番組で今日は面白そうなのがやってたみたいですよ」 「……十年ぐらい前の事件でしたっけ……これ」干場は歩美の提案など全く耳に届いていないといった様子で視線を画面に釘付けにしたまま質問を投げかけて来た。 「そう、ですね……たしか」 「この多田って男、確かとんでもない大金を現金輸送車から強奪して身をくらませたんだ」 「そうでしたっけ?……昔からニュースとかはあまり見ないので……」 頭の中が霧でもかかったように真っ白になり何も考えられない。 大抵のことには冷静に対処出来る余裕のある大人の女を演じ続けて来た自分が久しぶりに困惑している。そんな歩美の心とは裏腹に干場はなおも言葉を続ける。
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