捨てたテニスラケット

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その後、精密検査を受けた僕は、自分が置かれた状況がとても深刻であることを思い知らされた。 僕は、いつか体は元通り治るだろうと思っていたが、医者からの診断は予想外の結果だった。 僕は、頭をフロントガラスに強く打ちつけた時に、首の下あたりの脊髄を損傷し、下半身が麻痺した状態になっていた。 この状態は、手術やリハビリで元の状態に戻すのは難しいという診断だった。 車いすでの生活になる可能性が高く、リハビリによっては、杖を使って歩けるようになるまでに回復する可能性はあるが、走ったり飛び跳ねたりするのは難しいようだった。 僕は、全国高等学校テニス選手権大会インターハイに出場するのは絶望的だと感じて、何も考えられず、何をしたらいいのかもわからないような状態になっていた。 入院中の僕に、時々同じ高校の同学年で女子テニス部の菜月がお見舞いに来てくれた。 菜月とは、高校に入ってからテニスを通じて知り合って、お互いにテニスが大好きで、菜月も全国高等学校テニス選手権大会インターハイで注目される選手だった。 菜月は、髪はショートカットで身長は170Cmの僕より少し低い程度、毎日外でテニスの練習をしているためか色黒で、いかにもスポーツ選手らしい感じだ。 性格的にも、少し男勝りで元気がよく、はっきりとした口調で話をするが、責任感が強くて周りの皆から好かれていて信頼されるタイプだ。 「和也は、いつ退院できそう?」 菜月は、いつもと違って少し神妙な面持で聞いてきた。 「退院は、3ヶ月後くらいになると思うよ!」 僕が状況を正直に答えると、 「そっか!  そんなに大きな怪我だったんだ!  はやく和也と、またテニスしたいね!」 と菜月が気持ちを伝えてくれた。 この時の僕は、実はもうテニスをすることはできないと言い出せなかった。 他のテニス部の部員も病院にお見舞いに来てくれたけれど、時々心配して通ってくれるのは菜月だけだった。 僕は、菜月の気持ちがとても嬉しかった。
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