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 雨が降る秋の日、ユカを捨てた。  一緒に暮らすのを、母が許してくれなかった。  いいなりになってユカと別れた。  公園で、立ち去ろうとする僕をじっと見ていた黒い瞳。  鋭いトゲになって、僕の胸に突き刺さっている。  いまなら分かる。  あの頃の僕は子供だった。  いい子でいようとしていたんだ。  僕はユカが大好きだった。  ウソじゃない。  僕はユカを愛してたんだ。  クリっとした丸くて黒いつぶらな瞳。  なめらかで、つややかな肌。  しなやかで、やわらかくて長い舌。  そっと触れていると、ユカのお腹はゆっくり赤く染まっていく。  体中の力を抜いて、ウツロな目で僕に身をまかせてくれた。  この手の中で潰してしまいたいほど可愛い。  心の底からそう思った。  あれからユカを探していたんだ。  もう一度会いたくて、冬の夜、何度もユカの名を呼んだ。  母のいいなりになった事を後悔している。  もう一度会えたなら、今度こそ幸せにしてみせる。  どれほど月日が流れただろう。  春の公園で、またユカに出会えるなんて。  ずっと、ここで僕を待っていてくれたのか?  ユカの黒い瞳が僕を見ている。  トゲが刺さった胸がキュッと痛む。  ベンチのそばにいるユカに駆け寄る。  だけど。  ユカの隣には、もう別のパートナーがいた。  もちろんユカを責めるつもりはない。  あの秋の日から、たくさんの時間が流れた。  そういうこともあるさ。  元気なユカの姿を見れた。  ただ、それだけでいい。 「幸せになれよ」  小声で呟くと、僕はユカに背を向けた。  ランドセルを背負い直して歩き出す。  ケロッ。  ユカの声が耳に響く。
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