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忠言は耳に逆らう
「いい加減にして! 私は……兄さんじゃない!」
「美冬! 待ちなさい! 美冬っ!」
母の大声を背に、『美冬』と呼ばれた黒髪の少女は大きな音を立てて扉を閉めた。
「一体……どうしたんだ?」
突然大きな音が聞こえたからなのか、その少女のお兄さんと思われる男性は、心配そうな表情で自分の部屋から姿を現した。
「美冬?」
「兄さんなんか……いなくなればいいんだ!」
少女は、大声と共に部屋を出てきたばかりのお兄さんに向かってカバンから筆箱を取り出し……投げつけた。
「なっ!」
あまりに突然の出来事ではあったが、兄さんは咄嗟に腕でガードした。しかし、やはりその表情は『驚いて』……いや、その表情だけではなかった。
そんな兄さんを置いて、バタバタと学校帰りの制服とカバンを持ったまま家を飛び出したのが……つい一時間前の話だ。
「…………」
正直、兄さんの『驚いた表情』はよく見たことがあった……。しかし、『せつない』という表情を見たのは……初めてだった。
ここ最近の兄さんは、仕事に大学に……と忙しかった。それに、私自身も兄さんを避けていた。その結果……今ではほとんど顔を合わせることもなくなっていた。
でも、別に兄さんがいなくても私の生活が大きな影響もなく、ほとんど変わることはなかった……。
だが、食事の際にいつも座っているはずの人がいない……というのは、その席が『空く』という事で……その空席が私には……寂しく映った。
◆ ◆ ◆
いきなり家を飛び出したが、時間的には『深夜』という訳でもなかったから、お店の電気もまだチラホラと点いていた。
「……サイフ入れてなかった」
いつもであれば学校帰りにコンビニとかに寄る。
「はぁ、なーんで忘れるかな」
決して誰かが悪いわけではないが、家出をしている今日に限ってカバンの中に入れ忘れてしまっていたようだ。
でもまぁ、お客がたくさん入っているような場所には極力行きたくない。
それはもちろん『知り合いに偶然で会う』というリスクを避けて……という事もあるが、そもそもどこかのお店に入りたい気分でもない。
「……公園で時間つぶすか」
ボソッと小さいつぶやきと共に、外灯がポツポツと点いているだけの誰一人いない公園へと……足を踏み入れた――――。
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