貴方のことがわからない『大瀬戸 誠』

6/6
前へ
/164ページ
次へ
俺が一緒にランチをすることになって、五十嵐は終始不満そうだった。 俺も嫌々で付き合ってるんだから勝手に一人で荒れないでほしい。 「沙織ちゃん、そんなむくれないで。折角主任がランチしようって言ってくれたんだから」 「わかってますけど……はあ」 吐き出した溜息には、ありありと不機嫌さが滲んでいる。 前園さんがフォローしてくれてはいるが、いつ俺に飛び火するかわからない。 カフェのテラス席に四人で座ってメニューを開く。 なぜか俺は奏にぃの隣で、自然と顔が引きつってしまってまともに隣を見れない。 愛想笑いなんて、しろと言われても絶対に無理だ。 「色々あるんだなあ、カフェって。僕、こういう所来たことないからびっくりだよ」 「ここ、どれも美味しいって評判なんですよ」 五十嵐はさっきから奏にぃにベッタリだ。 奏にぃが開いたメニューに顔を近づけて、かなりスキンシップが激しい。 けれど奏にぃはそれには何も言わないで、いつもと同じように当たり障りのない会話に収めている。 そこは素直にすごいと思った。 「私はランチプレートかなあ。沙織ちゃんはどうする?」 「私も前園さんと同じでいいです。時任さんは何にしますか?」 「うーん、こう沢山あると迷うなあ……日替わり定食にしようかな」 パラパラとメニューを捲って、奏にぃの視線がこちらに向いた。 それにわざと目を合わせないようにしていると、すぐ側で奏にぃの声が聞こえてくる。 「大瀬戸は何頼む?」 「え、……俺は」 「これなんかどうだ? オムライス。まっ……大瀬戸、好きだったろ」 穏やかな笑顔を向けられて、どうすればいいかわからなくなった。 とにかく、ここにはいたくない。 このまま居たら、奏にぃのことを嫌いになれない。 「俺、まだ仕事残ってるんで。失礼します」 勢いよく立ち上がると、何か言われる前にテラスから立ち去った。 奏にぃは、俺を止めなかった。 なぜだかそれにほっとして、安心する。 これ以上、深く関わり合いになりたくない。 頼むから、俺に優しくしないでくれ。
/164ページ

最初のコメントを投稿しよう!

99人が本棚に入れています
本棚に追加