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だから、彼らには感謝している。
昔のように気兼ねなく付き合えたらいいとは思う。
けれど、それが無理なことも知っている。
――誠には、本当に酷い仕打ちをしたから、きっと今でも僕を許しはしないだろう。
「――ただいま」
からん、と入口のベルが鳴って現れた人物に一斉に視線が向いた。
そこには、おそらく仕事帰りだろう。
マスターの光紀さんのパートナーである義仁さんが、春物のコートを脱いでコートフックに掛けているところだった。
「おかえり」
「最悪だよ、帰りがけに雨に降られて……って、そこに居るの奏史か? 久しぶりだなあ」
「こんばんは。ご無沙汰してます」
ぺこりと頭を下げると、義仁さんは嬉しそうに破顔する。
このバーにはよく来るのだが、義仁さんは仕事の都合上、こうして会うことはあまりない。
今日は偶然、運が良かった。
「光紀から話は聞いていたけど、お前、男前になったなあ。モテるだろ?」
「いえ、言うほどは」
「嘘つけ、お前よく職場の女子にランチ誘われてるだろ。俺なんか一回もそういうことないんだからな!」
隣で聞いていた江川が吠えた。
相当不服なのだろう。グラスに残っていたバドワイザーを一気飲みして、おかわり! と声高に告げる。
「腹減らないか? なんか作ってやるよ」
得意げに口角を上げて、義仁さんはカウンターの奥からフライパンを掲げて言った。
彼は調理師免許を持ってて、仕事もそれを生業にしているから料理の腕はかなりのものだ。
「酒のつまみといったら、アヒージョとかどうだ?」
アヒージョはスペイン料理だ。ニンニク風味のオイル煮で、具材は様々。
ワインによく合うから酒の肴にはぴったりだ。
「食いたい!」
「待ってな、今作ってやるから」
江川の食い付きぶりに苦笑しながら、酒を喉奥に流し込む。
仕事帰りで疲れているところ、気を遣わせてしまったかもしれない。
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