気になるあの子 『時任 奏史』

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「すいません、気を遣わせてしまって」 「いいのいいの、俺が好きでやってるんだから」 ジュワッと音を立ててフライパンを揺らしながら義仁さんは笑って答えた。 ニンニクの香りが店内いっぱいに広がって、食べる前から美味そうだと、隣で江川が喉を鳴らす。 「ミツ、そういや誠は? まだ帰ってないのか?」 「今日は朝仕事に行ったっきり見てないなあ。遅くなるようなら連絡入れなさいって言ってるんだけど」 カウンターの向こう側では、二人が顔を合わせて話し込んでいる。 それを眺めながら懐かしさに瞳を細めていると、横から江川が顔を近づけて耳打ちしてきた。 「誠って誰?」 「さっき話してた養子の息子のことだよ」 なるほど、と相槌を打つと江川は難しい顔をして黙り込んだ。 その様子に訝しんでいると、目の前に出来上がったアヒージョが置かれる。 海老とマッシュルームのスタンダードなものだ。 スペイン料理ということもあって、これにバゲットを合わせて食べる。 オシャレすぎておじさん二人には敷居が高いような気もするが、味は美味でお酒が止まらなくなるのも頷ける。 「誠ねえ……どっかで聞いたような名前なんだけど、どこだっけかなあ」 アヒージョに舌鼓を打っている僕の隣、オイルで煮込まれた海老を突きながら、江川が零した。 その疑問の答えを僕は知っていたけれど、話すとややこしくなるからダンマリを決め込む。 「義仁さん。今日、僕がここに来たこと、誠君には秘密にしててもらえませんか?」 「どうして?」 「彼と会うのは少し気まずくて」 「そういえば、奏史が居なくなる頃、お前ら喧嘩してたっけ。誠に聞いてもなんも喋んないし、なんで仲違いしてたのか理由は知らないけど」 そんなことあったなあ、と昔を懐かしむように義仁さんは言う。 もう10年も前の話で、この人たちが覚えてるか分からなかったが、今聞いた話だと記憶の隅にはあったみたいだ。 けれど、だからと言って根掘り葉掘り聞いたりはしない。 僕の心中を察してくれたのだろう。 わかったよ、と頷かれてそっと目を伏せる。
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