6 西崎透也の章

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【 フェンウェイパーク 】  8月20日 マサチューセッツ州ボストン フェンウェイ・パーク    ・・・クソ暑い    早くホテルに戻って、ビール飲みてぇ。  まだ5回が終わったとこかよ。  あと1イニング投げたら代えてくんねえかな。  球数は?  ・・・61球?   なんでそんな少ないんだ。  これじゃあ完投するまで、行っちゃうんじゃねーか?   まったくアメリカのくせに蒸しあちーったらありゃしねー。  クソ、今すぐラガーが飲みてぇぇぇ  ・・・おっとスミスがまた打った  グリーンモンスターと呼ばれる、11.3メートルの巨大フェンスを軽々超えちまったよ。  今日2本目かよ。  これで40本到達、トップとの差が3本。    あいつは本気でホームランキングを狙ってやがる。  守りではろくに捕球も出来ないくせによく打つわ。  5対0。  この調子なら俺も7連勝で、今季10勝目確定だな。  4年連続の二桁勝利だ。  俺はダイヤモンドを一周して戻ってきたスミスと、グータッチを交わした。  スミスは祝福の最後尾に並ぶシリングと、複雑怪奇なタッチを交わしている。  ・・・げんこつ山のたぬきさんかよ  あんな器用なマネは出来るくせに、パスボールばっか  ・・・まっいいか  その後ですぐにスミスが、ラミレス監督の所に行って何か耳打ちしていた。  ・・・なんだ  ・・・なんだろ? 俺の悪口か?  6回裏、キャッチャーがシーガーに代わった。  メイソン・スミスがファーストに入っている。  なんかよくわからん交代だけど、俺とすればラッキーだ。  シーガーはキャッチングのスペシャリストだ。  2メートル、110キロの巨体の割に下半身が柔らかく、安定感があって投げやすい。  俺のナックルボールをポロポロこぼす心配もない。  もともと俺はシーガーがいたから、ヤンキースからここに移籍して来たんだ。  シーガーに投げるとつい大学時代を思い出す。  ・・・あの野郎は1軍2軍を行ったり来たり、まったく何やってんだ  相変わず要領の悪い奴。  ・・・いかんいかん、試合に集中集中    この回、レッドソックスは下位打線だった。  俺は2つの三振と、ピッチャーゴロで簡単に終わらせた。  ・・・ずっとシーガーが受けてくれたら、俺ももう一度、20勝投手なれるんだけどな  今日はなんとなく調子がいい。  日本みたいに空気がジメジメしているのもいい。  暑くてたまらんが、ボールはよく動いてくれる。  最初は肩が重くて嫌な感じだったけど、知らん内にいい感じになってきた。  エンゼルスは6回、7回にも1点ずつ追加点をあげて7対0とした。  楽勝だ。  しかし今日はダグアウトの空気がおかしい。  誰も俺に話しかけて来ない。  それどころか近寄っても来ない。  ・・・俺、何か嫌われる事でもしたか?   まあもともと、あんまり好かれちゃいねーのは知ってるけど。   8回裏、マウンドに上がった時、スタジアムのザワザワとしたへんな雰囲気が一層強くなった。  周りを見渡すと、守ってる奴らの血色の悪い病人のような顔が、俺と目が合った途端に慌ててうつむく。  ん?  ・・・ん ?  ・・・あれ ?    ・・・ああ  ・・・そうか    ・・・そうだ  俺はスコアボードを見上げた。  確かにゼロだ。  俺は7回まで、ランナーを一人も出していない。  パーフェクトピッチングを続けていたんだ。  ・・・へー  肩の調子が良くないんで、ちっとも気がつかなかった  確かこのフェンウェイで、そんな偉業を成し遂げたピッチャーはいないはずだ。  何せピッチャーに恨みがあるんじゃないかってくらいに、いろいろとバッターに有利に作られている球場だ。  歴史と伝統だかノスタルジーだか何だか知らないが、こんな歪な球場、俺にとっては悪夢でしかない。  こんなところで完全試合を達成したら、完全に伝説の男だな、俺。  ・・・なんて思ってると、途端に打たれるんだよな  しかし、4番のクレイグもあっさりと三振してくれた。  4番のくせにバットに当てる事も出来ないのかよ。    確かに今日のボールの揺れ方、変だわ。  投げてる俺が言うのもなんだが・・・  キモい。  ・・・あと5人か
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