6 西崎透也の章

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【 スタンディングオベーション 】  ダグアウトに戻った俺は、試しにスミスの隣に腰を下ろしてみた。  しかし、スミスは泣きそうな顔で「グッド、ピッチ」とだけ言って、俺の肩を叩くと離れていってしまった。  こういうところは、日本人よりこっちの方がデリケートだな。  ・・・そんな事じゃ、ホームランキング獲れねーぞ  9回表の攻撃は3人で終わった。  みんなずいぶん早打ちで、5分もかからなかったんじゃないか?  ひとりアウトになるたびに、スタンドから異様な空気が流れる。  バッターもその空気に耐え切れないように、早打ちしてくる。  ・・・もう少し、休憩させてくんねーかな  俺はため息を突きながら、9回のマウンドに向かった。  ・・・ん?  三塁側のダグアウトを出た瞬間、ボストンの風が俺の首筋を撫ぜた気がした。  しかし風なんか、どこにも吹いていなかった。  三塁のファールラインを跨いだ瞬間、今度は土砂降りの雨音が聴こえ始めた。  ザザザザザザーッ  雨音は壮大な拍手の連打音だった。  スタンドを見上げると、観客が立ち上がっていた。  9回裏のマウンドに向かう俺は、スタンディング・オベーションで迎えられた。  俺はマウンドに立って、ゆっくりと体を一周させてスタンドを見渡した。  バックネット裏  一塁側  外野  三塁側  二階席  三階席 ・・・  フェンウェイ・パークの観衆、三万六千人全員が立ち上がっていた。  ほぼ全員がレッドソックスファンであろう。  ア・リーグ東地区で優勝争いをしているレッドソックスは、今日の試合は負けられない大事な一戦だったはず。    今日の俺は、それを邪魔する憎き敵。  そんな奴に、こんな熱い拍手を送ってくれる。  アメリカでもっとも古くて狭苦しい球場  “ フェンウェイ・パーク ”   ここのファンほど行儀の悪い連中はいない。  それが通説だった。  しかしそれは、ベースボールに対する熱い思いの裏返しなのだ。    スポーツに対する時、偉大な戦い、偉大な選手、偉大な勝利に向き合う時、アメリカ人はとてつもなく純粋、そして謙虚だ。  俺はこのボストンの・・・アメリカの精神にスタンディング・オベーションを贈りたい気分だった。  俺は鳥肌が鎮まるのを待ってから、投球練習を始めた。  俺が1球投げるごとに、スタンドは騒然と静寂を繰り返していた。  さあ、この回の先頭バッターは、7番左のゴンザレス。  今日は2打席とも三振した奴だ。  ・・・楽勝、楽勝  俺はゆっくりと振りかぶって、ゴンザレスに初球を投げた。 「いっ!」   肩に激痛が襲った。
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