6 西崎透也の章

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【 やさしいメッセージ 】  トレーナーの応急処置を受け、肩の整復後に痛み止めの注射を打ったところまでは憶えている。  その後、俺はいつの間にか救護室のベッドで眠り込んでしまったようだった。 「勝利投手おめでとう」   ベッドの足元に、マネージャーのジュリアン・シモンズがいた。  ロンドン生まれ、スタンフォード大学でMBAを取得した超インテリ君だ。  携帯端末から目を離していない。  ゲームでもやっているのだろう。  ・・・俺に気を使って、目も合わせられないか 「試合は終わったのか?」   俺は腹筋を使って、恐る恐る上半身を起こした。  右肩はアイシング装具で固められ、右手は三角巾で吊ってあった。 「1時間ほど前にな」   シモンズは壁時計の場所を、親指を立てて教えてくれた。  ・・・1時間も眠っていたのか  最低だ。  今夜の事はトラウマになリそうだ。  肩の痛みなんかどうでもいい。  どうせただの亜脱臼だ。  これで俺のメジャーリーガーとしてのキャリアも終わった。  それもどうだっていい。  1ヶ月早まっただけに過ぎない。  しかしあのスタンディング・オベーションの中、アメリカの精神を踏みにじった気分だけはどうにもならなかった。  自分自身をとても許せそうにない。  あんな間抜けな降板があっていいのか。  動かなくなった右手をだらしなくぶら下げながら、マウンドを下りる俺に三万六千人の失望の嘆息が、全身に突き刺さった。  俺のメンタルは、当分身動きが取れそうにない。  起き上がってベッドに座り込んだ俺は、立ち上がる気力さえ失っていた。 「病院に連れて行くようにボスに言われている。すぐに大丈夫か?」   シモンズは座ったまま、携帯をラルフ・ローレンのポケットに落とし込んで言った。 「ああ、大丈夫だ。・・・格好悪いところを見せちまったな」  シモンズはスマートな手振りで、俺の言葉を遮った。 「まさか ! ミスターは最高に格好良かったさ。フェンウェイの偉大な英雄ってところさ。こんなエキサイティングなゲームは久しぶりさ。だからそんな落ち込むな・・・車を回してくるから外に出て待っていてくれ」  シモンズは下手なウインクを残して、救護室を出て行った。  ・・・選手にはいつもガミガミとうるさい球団マネージャーも、今夜はやけに優しいんだな    シモンズが運転するシボレーのリアシートに、体を沈ませた。  やはりシモンズは話し掛けてこようとしない。    詮索好きなこの英国人も、下手な慰めの言葉は決して口にしない。  ビンセントGMは、彼のこういった繊細なところを、買っているのかも知れない。    流れるボストンの町並みを映し出すウィンドウに目を向けていると、少し気分が和らいできた。    ここの町並みは、どこを見ても色調が落ち着いている。  色規制がしっかりされているのだろう。  マクドナルドやセブン・イレブンの看板も、街の色調に合わせてブラウン調に変更してある。  派手派手しい色の看板など、どこにも見当たらない。  俺はジャケットの内ポケットから、携帯を取り出した。  車のリアシートに座ると、無意識に携帯に手が伸びる。  用もないのに癖になっているらしい。  俺はそこで初めて、携帯に届いているメッセージに気がついた。  この携帯のアドレスは、ほんの一部の人間にしか知らせていない。    ・・・その一部の人間からの、やさしいメッセージか 朔  < もう少しのところだったね。すごく惜しかったよ。でも透也は格好良かったよ。ナイスピッチング! 肩早く治るといいね > 深町 < 悲しみも、喜びも、感動も、落胆も、つねに素直に味わう事が大事。本田宗一郎の言葉だ。まあ、じっくり味わってくれ給え。きっとますます強くなれる >   ・・・俺も小学生や老人にまで、気を使わせるようになっちまったか 杉村 < 透也の事だから随分と凹んでいるのだろうな。でも記録なんておまけみたいなもんだからね。今日のナックルの凄さは、記録なんかでは表現出来ないよ。特にシーガーに代わってからの、3イニングには鳥肌が立った。あんなに不自然な動きをする魔球を僕は、ずっと夢見ていたんだ。野球の聖地でスタンディングオベーションを受けた西崎透也は、間違いなく僕の夢を実現してくれた最高のナックルボーラーだった。今日は無限のパワーを貰った・・・生きて来てよかった。ありがとう。そしてお大事に >  ・・・5キロの握力  もう指先にも殆んど力が入らないのだろう。  これだけの文字入力に、どれだけの時間を費やしたのだろう。  ・・・クソッ  俺はすぐに返信ボタンをタップした。 < 待ってろ、ヒロ。日本で復活して、もっと凄い魔球をナマで見せてやる >    送信。
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