6 西崎透也の章

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【 スポーツをする醍醐味 】  大学2年になって新しい監督となった深町さんは、柔道の元学生チャンピオン。  本人は素振りも見せないが・・・    たぶんとんでもない怪力、握力なんてゴリラ並みだろう。  それは、のちにネットで調べてみて、わかった事だった。  だからまったくの野球の素人だ。  しかしそれまで俺が接して来たどの指導者よりも、野球の本質を知っていたし、その時の俺の本質なんか、一瞬で見抜いていた。  あの日、大学のトレーニングルームで、マシンと格闘していた俺の前に現れた深町さんは、会うなり俺の右腕を持ち上げて肩甲骨を押し始めた。 「なんか、痛いんですけど」  すぐに逆らうように腕を下ろした俺の目を、じっと見ながら深町さんは静かに言った。 「実は昨日、1時間ほど君たちのトレーニングを見学した。気になる選手が何人かいるが、一番気になったのが君だ。君には深刻な問題が2つある」 「いきなり、なんなんですかねー」  俺の反抗的な態度も完全にスルー。 「ひとつは肩関節不安定症。いわゆるルーズショルダーと言うやつだ」 「そんなこと、初めて聞くな」 「肩を酷使すると脱臼グセがつく」 「そんな根も葉もない・・・」 「もう一つ」  深町さんのゴツゴツした大きな掌が、俺の口を塞いだ。 「君はつまらなそうに野球をやっとる。こっちのほうが深刻だ」 「なんだそれ?」 「スポーツをする醍醐味って、何だかわかるか?」 「そんなん、人それぞれでしょ」 「いや、一つしかない」 「何を訳のわから・・・」 「好きな人にいいところを見せる。これが醍醐味」 「随分な偏見だな」 「家族や恋人や友達に、自分の活躍を見てほしい。それがスポーツをする醍醐味であり、野球を楽しむ根源だ。君にはそれがない」 「大体、家族や友達にチヤホヤされても嬉しかねーし」 「ではチームメイトは?」 「言ってる意味がわからん」 「チームメイトやライバルに自分の活躍を見せつける。剛速球で三振獲って『どーだあ』、すごい変化球を見せて『どーだあ』、ボールを遠くまでかっ飛ばして『どーだあ』 ってな」 「そんなんで楽しいか?」 「相手なんて誰でもいいんだ。そういう相手がいないから、つまらなさそうに投げたり打ったりする。だから見ているこっちもつまらん」 「別に他人を喜ばすためにやってねーし」 「ホントにそうなら、君にはメジャーに挑戦する資格がない」  深町のおっさんはそう言ったきり、トレーニングルームから出て行った。  俺は珍しく焦った。  深町さんの指摘に、心当たりがあったからだ。  確かに関節の可動域は広ければいい、というわけではない。  いろいろと便利ではあるが、靭帯を痛めるリスクは大きい。  肩が壊れたら俺には何も残らない。  それこそ、ウドの大木になってしまう。  俺は素直に、深町さんにアドバイスを求めた。  そして深町さんの作ったトレーニングメニューに従って、徹底的に肩のインナーマッスル、アウターマッスルを鍛え上げた。  ゆるい肩を鋼の筋肉で覆う。  俺は何故だか、深町さんの言うことだけは、最初から素直に聞けた。  生まれて初めて、自然体で接する事が出来る人に出会った。  不思議だがそう思った。  俺は肩を鍛えながら出来るだけピッチングを避け、バッティングや守備に力を入れた。    そうやって過ごしている内に、チームメイトの存在が少しずつ気になりだした。  その存在は徐々に大きくなり、それまでの俺が1番蔑んでいた『友情』らしき感情に戸惑う自分を意識しだした。  仲間を信頼する事で、仲間たちが俺を成長させてくれる、という事を頭より先に体が実感するようになった。  大沢秋時、水野薫、杉村裕海、下村貴史そして後輩達。  深町さんは常々、俺に『ヒロの背中を見ていろ』と言っていた。  当時はその意味をあまり深く考えていなかった。  しかし今考えるとその監督の言葉が、思い上がった俺の性根を叩き直す特効薬になっていた事がよく分かる。  ヒロは何に対しても逃げない男だった。  小さな体でコツコツと日々を積み重ねる。  早朝、10キロのランニングを、毎日365日休まずに続ける。  ブレない目標を持ち、延々とボールを投げ続けてコントロールを磨く。  ナックルボールを諦めずに極めるまで追究する。  何ヶ月も飽きずに牽制球の練習を繰り返す。  バント技術を誰よりも高めようと努力する。    俺はそんな姿を毎日のように見せられていた。  しっかりと自分と向き合い、自分を欺かず目標に向かって前に進もうとする事の大切さを、嫌と言うほどヒロに見せつけられた。  俺はいつの間にか大学野球にのめり込んでいた。  仲間と一緒にチームを強くする事に夢中になっていた。  あのチームには、そうさせるだけの魅力に溢れていた。
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