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【 愚直 】
神宮大会の優勝までの道のりは、夢のような日々だった。
ヒロ、大沢、水野、シモ、カズ、コータ、龍太郎。
あいつらそれぞれが持つ個の魅力は、天才気取りの俺の心を自然に謙虚なものに変えていった。
みんないつの間にか凄い選手になっていた。
ヒロの求心力。
大沢のパワーとスピード。
水野のテクニック。
シモの集中力。
カズのコントロール。
航汰の野球センス。
龍の身体能力と精神力。
俺が敵わないと素直に認める輝きを、それぞれが持っていた。
そんなやつらに、俺も渾身のプレーを見せて『どーだあ』って心の中で叫ぶ。
それはわくわくするような濃密な日々だった。
そして、メジャーリーグへの夢を語り合った西海岸の思い出。
敵が何度も唖然とした水野の守備。
バカみたいにカッ飛んでいった大沢のホームラン。
俺のボールも100マイルに達した。
そしてヒロの9者連続三球三振。
俺は本気で、四人一緒にワールドチャンピオンになる夢を描いていた。
それはアメリカ選抜チームと戦った事で、現実的な目標に変わっていた。
・・・その直後にヒロを襲った悪夢
そこに導いてしまった、俺のひと言。
「ヒロ、送りバントして来いよ」
俺は大学卒業後、福岡グレートマトリックスへ入団した。
プロ入り後は徹底的に制球力を磨いた。
マトリックスではどれだけ速い球を投げても、すごい変化球を持っていても制球の悪いピッチャーは、すぐに2軍に落とされた。
「同じフォーム、腕を振る速度も同じ、リリースポイントも同じ。そんなマシンに成りきるしかないよ。それをインハイ、インロー、アウトハイ、アウトローぎりぎりに投げる。マシンになる為には集中力を切らさない事。真っ直ぐで出来るようになったら、ツーシーム。それが出来たら交互に投げたり、透也ならカッターやスプリットかな。制球力の追究は野球を続ける限り終わらないと思うよ」
俺はヒロが言い続けていた事を思い出し、それを愚直にやり続けた。
『愚直に続ける』
俺の最も嫌いな言葉。
不器用さ加減を売りにするような、陰の努力を他人にアピールするような言葉の響きが性に合わない。
嫌いなのは今も変わらない。
しかしこの時は、まさしく愚直に取り組んだ。
夢を失ったヒロの分まで・・・なんて考えていたわけではない。
ただ、思う存分野球に取り組める自分を甘やかしたくなかった。
俺は2年目には17勝し、沢村賞やMVPを獲得、マトリックスのエースと呼ばれるようになった。
その後、何度も日本シリーズ制覇に貢献した。
マトリックスは無敵だった。
日本シリーズでは、南洋大の仲間たちを何度も打ち負かした。
あの頃のホワイトベアーズは、投手力だけのチームだった。
とにかく打線が貧弱で、マトリックスの投手陣は水野だけを徹底的にマークした。
あいつは普段、透かしてはいるが内面は逆だ。
実は結構、熱い男。
そんな事は、昔からわかっていた。
こっちが全力で向かっていくと、さらに燃える。
チームの危機や窮地になると、100%以上の力を発揮する。
だから気が抜けるような配球をしてやればいい。
あいつは気の抜けたボールが打てないのだ。
そして大沢からは徹底的に逃げた。
歩かせてもいいつもりで、コースぎりぎりを突く。
実際、半分以上は歩かせていた。
塁に出すと嫌なランナーだったが、その大沢のあとを打つバッターも大した事はなかった。
水野を無力化して、大沢からは逃げる。
マトリックス投手陣全員がそれを徹底した。
そうすればホワイトベアーズ打線は、簡単に押さえ込む事が出来た。
スモールベースボールでセ・リーグを連覇出来ても、マトリックスのようにミスをしないチームには、手も足も出ないようだった。
福岡では8年間で131勝の実績を残した。
その間、ひと時たりとも忘れたことはなかった、四人で語り合った夢。
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