6 西崎透也の章

8/18
前へ
/230ページ
次へ
【 愚直 】  神宮大会の優勝までの道のりは、夢のような日々だった。  ヒロ、大沢、水野、シモ、カズ、コータ、龍太郎。  あいつらそれぞれが持つ個の魅力は、天才気取りの俺の心を自然に謙虚なものに変えていった。    みんないつの間にか凄い選手になっていた。    ヒロの求心力。    大沢のパワーとスピード。  水野のテクニック。  シモの集中力。  カズのコントロール。  航汰の野球センス。  龍の身体能力と精神力。    俺が敵わないと素直に認める輝きを、それぞれが持っていた。    そんなやつらに、俺も渾身のプレーを見せて『どーだあ』って心の中で叫ぶ。    それはわくわくするような濃密な日々だった。    そして、メジャーリーグへの夢を語り合った西海岸の思い出。  敵が何度も唖然とした水野の守備。  バカみたいにカッ飛んでいった大沢のホームラン。  俺のボールも100マイルに達した。  そしてヒロの9者連続三球三振。  俺は本気で、四人一緒にワールドチャンピオンになる夢を描いていた。  それはアメリカ選抜チームと戦った事で、現実的な目標に変わっていた。  ・・・その直後にヒロを襲った悪夢  そこに導いてしまった、俺のひと言。  「ヒロ、送りバントして来いよ」  俺は大学卒業後、福岡グレートマトリックスへ入団した。  プロ入り後は徹底的に制球力を磨いた。  マトリックスではどれだけ速い球を投げても、すごい変化球を持っていても制球の悪いピッチャーは、すぐに2軍に落とされた。 「同じフォーム、腕を振る速度も同じ、リリースポイントも同じ。そんなマシンに成りきるしかないよ。それをインハイ、インロー、アウトハイ、アウトローぎりぎりに投げる。マシンになる為には集中力を切らさない事。真っ直ぐで出来るようになったら、ツーシーム。それが出来たら交互に投げたり、透也ならカッターやスプリットかな。制球力の追究は野球を続ける限り終わらないと思うよ」  俺はヒロが言い続けていた事を思い出し、それを愚直にやり続けた。 『愚直に続ける』  俺の最も嫌いな言葉。  不器用さ加減を売りにするような、陰の努力を他人にアピールするような言葉の響きが性に合わない。  嫌いなのは今も変わらない。  しかしこの時は、まさしく愚直に取り組んだ。  夢を失ったヒロの分まで・・・なんて考えていたわけではない。  ただ、思う存分野球に取り組める自分を甘やかしたくなかった。  俺は2年目には17勝し、沢村賞やMVPを獲得、マトリックスのエースと呼ばれるようになった。  その後、何度も日本シリーズ制覇に貢献した。  マトリックスは無敵だった。  日本シリーズでは、南洋大の仲間たちを何度も打ち負かした。  あの頃のホワイトベアーズは、投手力だけのチームだった。  とにかく打線が貧弱で、マトリックスの投手陣は水野だけを徹底的にマークした。    あいつは普段、透かしてはいるが内面は逆だ。  実は結構、熱い男。  そんな事は、昔からわかっていた。  こっちが全力で向かっていくと、さらに燃える。  チームの危機や窮地になると、100%以上の力を発揮する。  だから気が抜けるような配球をしてやればいい。  あいつは気の抜けたボールが打てないのだ。  そして大沢からは徹底的に逃げた。    歩かせてもいいつもりで、コースぎりぎりを突く。  実際、半分以上は歩かせていた。  塁に出すと嫌なランナーだったが、その大沢のあとを打つバッターも大した事はなかった。  水野を無力化して、大沢からは逃げる。    マトリックス投手陣全員がそれを徹底した。  そうすればホワイトベアーズ打線は、簡単に押さえ込む事が出来た。    スモールベースボールでセ・リーグを連覇出来ても、マトリックスのようにミスをしないチームには、手も足も出ないようだった。  福岡では8年間で131勝の実績を残した。  その間、ひと時たりとも忘れたことはなかった、四人で語り合った夢。
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!

210人が本棚に入れています
本棚に追加