6 西崎透也の章

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【 キャッチャー探し 】  5年契約でヤンキースに入っていた俺は、3年間の空白の後、最終年に復活を遂げた。    ナックル一本で15勝をあげ、日本人初のハッチ賞(ファイティングスピリットと競争意識を持ち、逆境を跳ね除けてファンに勇気を与えた選手に贈られる)を手にした。  しかし俺はまだ、ヒロのような凄いナックルボーラーには成れていない。  9者連続三球三振。  ヒロがドジャー・スタジアムで投げた魔球。  あの揺れ方落ち方は、未だに目に焼き付いて離れない。  恐らくヒロがあのままメジャーリーガーになっていたら、今頃は伝説の大投手になっていた事だろう。  ヒロから魔球を受け継いだ俺は、まだまだ夢の途中だ。 「ヒロ、送りバントして来いよ」  日米大学野球の最終戦で、俺があんな余計な事を言わなければ、あいつの指は潰れなかった。   おもしろ半分で言ったあの一言が、コツコツと積み上げてきたあいつの全てを奪った。  俺はヒロから伝授されたナックルボールで、世界の頂点に立つところをヒロに見せたい。    しかし、ヤンキースにはこの魔球をまともに捕れるキャッチャーがいなかった。  ナックルボーラーは生きるも死ぬもキャッチャー次第だ。  俺はキャッチャーを探した。    3年前にエンゼルスを引退した投手で、通算270勝を上げたザック・ローレンと言うナックルボーラーがいた。  そのローレンの球を受けていたのがアンソニー・シーガーだった。    俺はシーガーのいるエンゼルスに移籍した。  しかしその矢先、近年得点力に苦しんでいたエンゼルスは、土壇場でクリーンナップを打てるキャッチャーを補強した。  それがメイソン・スミスだった。  確かにスミスはよく打つ。  しかしキャッチングは中学生レベルだ。    俺は毎年、スミスのせいで3つ以上の勝ちを落としている。  去年はあと3勝あれば、ワイルドカードも獲得出来たというのに。  俺のボールをちゃんと捕れば、ワールドシリーズの道も開けるはずなのに。  俺は事あるごとに、ヒロのボールをいとも簡単に捕球していた奴の顔を思い出すようになっていた。 「ワールドシリーズ新構想」  メジャーリーグのコミッショナーは、本当に決断してしまった。  俺も初めてその噂を聞いたときは、実現不可能な夢のような話だと思った。  前コミッショナーが導入したワイルドカード制度は大好評、大成功。  それをアジアやヨーロッパの野球発展の為に、廃止にするわけがないと思った。  そんな事はアメリカの野球界にとって、何のメリットもないはずだ。  しかし、俺が想像していた以上にアメリカ人は、現状に満足せずに常に拡大を目指す人種のようだ。  そして目先の利益にこだわらない国民性がある。  彼らはビジネスにおいては超リアリストであると同時に、ベースボールを心から愛し、ベースボール発展の夢を描くロマンチストでもある。  昨年の秋、俺は毎年オフに琵琶湖で張っているミニキャンプに大沢を誘った。 「たまには一緒に自主トレしねーか?」  自主トレはただの口実だった。  スミスのキャッチングに嫌気を差していた俺は、とにかく大沢にボールを受けてもらいたかった。  大沢に俺のナックルを見せたら、日本球界復帰を決めようと思っていた。  そして再び夢を追い続ける。  やっと病院に着いたようだ。  想像以上に大きな建物。  そしてボストンらしいヨーロッパ調のどっしりとした石造りの景観。  シモンズはパーキングには入らず、シボレーを救急搬送先のエントランスに横付けにしていた。 「世話をかけたなシモンズ。そう言えば、この間クイーンズの郊外に洒落たイタリアンを見つけたんだ。帰ったら飯でも奢らさせてくれ。よかったら彼女も一緒に」  既に日付は変わっていた。  俺は自由の効く左手を、シモンズに差し出した。 「楽しみにしておくよ。じゃあ俺はここで帰るよ。ドクターには詳しく連絡してある。きっと今夜の英雄を名医が迎えてくれるはずだ。帰りのタクシーは俺が手配しておくよ。きっとドライバーも喜ぶだろうよ」  シモンズが右の拳を突き出して言った。  俺たちは静かに拳を合わせた。
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