1 大沢秋時の章

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【 NANYOしろくまドーム 】  秋の空は高く見える。  真っ青に澄み渡る空に浮かぶ、うろこ雲?・・・いわし雲?   どっちがどっちか違いがよく分からないけど、とにかくこの透明度の高い空が、このザワついた気持ちを、少し落ち着かせてくれるような気がした。    まだショックは去らない。    明日にも契約と言われると、吹っ切る時間がもう少し欲しかった、と思う。    別に誰かに相談するわけではないし、球団の方針に逆らうつもりもない。  ただ自分を納得させる時間が欲しかった。    だから取ってつけたように、秋の空を眺めて感慨に耽っている。  ドーム内にある球団事務所の応接室を出てから、足が自然にここに向いた。    しろくまビクトリーステーションを横切り、ドーム来場エントランスから空を見上げた。    ドームを覆うガンメタ色のルーフが、秋のひかえめな陽光を受け十字に煌めいている。   球場の3番ゲートをくぐって、三塁側の内野スタンドに出てみた。    ここに来るのも、およそ1ヶ月ぶりか。    ホームグランドのダグアウトは一塁側なので、三塁側からの風景が新鮮に感じられた。    選手も観客もいないドームは恐ろしく殺風景で広く感じる。  しろくまビジョンと呼ばれる5枚の巨大スクリーンがすべて消えて、バックスクリーンのような墨色をしていた。  だから余計に殺風景に感じるのだろう。    ドーム内は非常灯と通路灯しか点いていない。  上を見上げるとルーフは真っ暗だった。  グラウンドを見ると、一箇所だけぼんやりと光っていた。    ウェイティングサークルだ。  コバルトブルーのサークル内で、真っ白なクマが微笑んでいる。     ・・・大沢、つなぐぞ    大事な場面になるとあいつは、ウェイティングサークルでゆっくりと立ち上がり、背中でそう呟いて打席に向かった。  ここは日本初の開閉式屋根を持つドーム球場。  南洋しろくまドームではホワイトベアーズが勝つと、ゲームセット直後に花火を打ち上げて、同時にルーフが開き出す。  今では南洋名物になった勝利のルーフオープンショーが始まる。    この演出はファンに大好評で、そして選手にも勝利に酔う至福の時が訪れる。  特に自分が勝利に貢献した場合は、格別な味わいがある。  今でも忘れられない。    プロ入り初のサヨナラホームランで勝った時の打ち上げ花火とルーフオープン。   「おれのバットがあの花火を・・・そしてドームの屋根を開かせた」    チームの一員として、南洋市の一員として初めて認めてもらえたような気がした。    感動と興奮で鳥肌がおさまらなかった。      ・・・あっ、あともうひとつ    ルーフオープンショーには鮮烈な思い出があった。    デイゲームでおれが終盤に、逆転満塁ホームランを打って勝った試合。    突然、照明が消えた。  そして開き始めたルーフ。    そこから射し込んだ太陽光線。    幻想的で観客も息を飲むように静まり返った。      ・・・きれいだったよなぁ      本当に夢の中の出来事のようだった。    あの時の光景は今でも鮮明に目に焼き付いている。    あの日、バックネット裏で観戦していた菜都が感動のあまり顔をグチャグチャにして泣いていた。      このドームからはそんな夢のような思い出をたくさんもらった。
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