ヤツはオレには甘くない

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思わず怯んだオレの腕を思いっきり蹴って、漆黒のコートが空中を飛んだ。 床に着地したヒロはもう一度オレに向かって大きな口を開け、歯をむきだして「シャーッ!」と威嚇した。 騒ぎに驚いた妹が、自分の部屋から出てきた。 「ヒロくん、どうしたの? お兄ちゃんとケンカしたの?」 ヒロは、『コイツをどうにかしてくれ!』 とでも訴えるように、さかんにニャーニャー鳴きながら妹に駆け寄っていった。 オレは、あまりのショックでベッドから動くこともできずにいた。実際に見るのは初めてだった――本気で怒った猫が、あんなに恐ろしいものだったとは……! 妹は、大笑いしながらヒロを抱き上げた。 「お兄ちゃん、ヒロくんと一緒に寝ようとしたの? ついに、猫嫌いを克服する気になったわけ?」 「い、いや、克服っていうか……だって、コイツ、おまえと居る時だけ超かわいいじゃないか! オレだってうらやましかったんだよ! 」 やむなく、オレはベッドに沈んだままで正直な心情を吐露した。 妹は更に大きな笑い声をたて、その腕の中で、ヒロはもう安全だとばかりにゴロゴロ喉を鳴らしている。 「残念でしたー! お兄ちゃんは、まだまだ修行が足りませーん! ってわけで、今のところ、ヒロくんはアタシだけのダーリンでーす! さぁヒロくん、今夜もアタシのベッドで寝ようねー! それじゃ、おやすみー!」 そう言うと妹は、勝ち誇ったような顔のヒロを抱いたまま、再び自分の部屋へ入ってしまった。 オレはようやく、みじめな気持ちでもっそりと身体を起こした。ヤツは、オレには甘くない。 だが、オレは自分の中に闘志のようなものが湧きはじめているのを感じた。 あきらめてたまるか。絶対に、いつか必ずヒロを抱いてやる。このベッドでネコモフしながら眠る時が来るまで、オレの孤独な戦いは続くのだ。 なお、ヒロという名前は、妹のお気に入りの男性アイドルグループの、いつも黒ずくめの衣装を着ているメンバーにちなんで付けたものだそうだ。 (完)
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