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何十、いや何百人という黒いスーツにサングラスをかけた男、がクレーターの淵に立って僕らを見下ろしていた。
彼らは同じ顔で、同じ体格で、一糸乱れずにそこにいるように僕には見えた。
なんだ、これは?
僕らには全く心当たりがない。誰かに追われているということもないし、追われる理由がそもそもない。
「…………」
マイは身を震わせている。そりゃあ怖いだろう。僕だって怖い。
だけど。
「大丈夫だ、マイ。お兄ちゃんがついてる」
僕は斧を持たない左手でマイの手を握り、マイの体を僕の背に隠した。後ろは瓦礫なので、少なくとも大方の人間の視界からは切れる。
彼らの狙いはとんとわからないが、こういう時は兄が率先するものだろう。
と。
男の一人が、斜面を歩いて降り始めた。彼だけはサングラスをしていなかった。顔には特筆すべき特徴が全く見当たらない。
動き自体はゆっくりなのに、降りるスピードが妙に速いような気がする。
男は五十メートルの緩やかな斜面を体感で十五秒ほどで歩き、僕らから五歩の位置で立ち止まった。
男は言う。
「ごきげんよう、ケイくん、マイさん」
「…………」
声は出さない。が、僕は大きく動揺した。おそらくマイも同じだろう。
どうして彼は僕の名を知っているんだ。知っているわけはないのに。
「世間話をしたければどうぞ、ケイくん」
「……いい天気ですね」
「はい、そうですね」
今日の天気は曇りだ。なんなんだ、この人は。それにこの大所帯、世間話をしに来たわけではないだろう。
もう少し、鎌をかけてみる。
「朝ごはんは何を食べましたか?」
「……鹿肉のステーキを」
断定は保留するが、おそらく嘘だ。獣臭が全くしない。僕とおなじく、向こうもブラフを使っているらしい。
数の利はあちらにあるのだから、フェイントなんてさしたる意味があるとも思えないが。
相手方の目的を問う期はまだだ。かと言っても、そのタイミングがいつなのかはまるで検討がつかない。
「近頃はどうですか、妹さんの世話とか」
「うちの妹はしっかり者なので、その点については僕の出る幕はないですね。自分のことは全て自分でしてくれるので、兄としても助かっています」
男は僕に問いかけながら、マイを見ようとしているようだった。僕は彼の動きに合わせ、身を挺してマイを隠す。
唐突に出たマイの話題といい、目的はマイか?
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