5人が本棚に入れています
本棚に追加
だとしたら、黒い円の中心、しかも凹地に追い詰められているこの状況は、ふすま一枚を隔てて虎が鎮座しているよりも数段物騒だ。
四面楚歌、いや、あの故事では項羽は崖の上に追いやられていた。ともせずとも、上から包囲されている僕らの方が危険だと言えよう。
「さて……血浴の趣味はないので、素直に従ってくれると非常に嬉しいんですがね」
「はい、なんですか?」
「マイさんを引き渡してください」
「お断りします」
僕は笑って言った。
と。
僕の返答により己が鼓膜を揺らされてから、瞬きにも満たない紫電一閃ののち、彼は自身の右手で拳銃の引き金を引いた。銃声が森林に木霊し、その余波であるかのように周辺の動物が総出で遁走する音が聞こえた。
そしてその前にもう一つの音がした。
僕が斧を使って銃弾を弾いた際の軽い音だ。
「……!」
男は驚倒を隠そうともせず、風船のように瞠目した目で僕を見る。
その僕自身もまた驚いていた。
どうして僕は、銃弾をこんなに造作もなく防げたのか。別に驚異的な動体視力で銃弾が目視できた訳ではない。ただなんとなく『こうすればいい』というのが頭に浮かんだ。
男は舌打ちをしながら第二、第三弾を発砲した。
「……っ」
僕はまたも無意識に斧でガードした。今のは顔と胸を狙ってきたが、斧の位置を工夫すれば素早い動きなしでも二発の銃弾を弾くくらいは十分可能だった。
「……なんなんだ、お前は」
驚きの次は怒りを露わにこちらを睨む男。いや、おそらく驚きを憤慨で覆い隠そうとしているだけだ。
僕は言う。
「ただの兄ですけど、どうやら運がいいようですね」
四、五発。
「……っと」
また、止めた。
……偶然、なのか?
『一度目はラッキー、二度目は奇跡、三度目はイカサマ』という格言を聞いたことがある。今の僕の現象は、まさにこれではないだろうか。
しかし僕はイカサマなんて使っていない。そもそも来客を想定していないのだから、その準備なんて不可能だ。
なら、これは僕の身体能力か?
弾は見えていない。だが身体は勝手に動く。そんな神業じみた芸当が、ただのいち兄に可能なのか?
弾がきれたようで、男は拳銃をまるで使い捨てカメラのようにこちらに投げつけた。僕は避けずに、その武器を掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!