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これなら、たとえ相手が殺す気で向かってきたとしても、峰打ちの要領でやれば、血を流させることなく突破できる。
よし。
心中で、とっくに決まっていた覚悟を固め直した。
「マイ、行くぞ」
おそらく僕が生きてきた中で最も勇敢な一歩を踏み出す。
経路はもちろん、なるべく敵を避けて戦闘が発生しないようになるので、蛇行する形になる。
人の道が終わるまでおよそ十メートル。立っているのは……四人か。この四人は避けることはできないだろう。なら、最速で無力化するまでだ。
一人目が向かってきた。サングラスが割れ、意識は混濁して、どこを見ているかわからない目は胡乱だ。
ゾンビ。
死んでいないし、実物を見たこともないけれど、そう表現しても違和感がない風体だ。
感染しているのは菌にではなく、上司の命令に対してだが。
「……ぅ……」
意識のない動きに理性はない。動いてはいるが、動いているだけ。どうやら、無意識の徘徊が偶然僕らの経路に重なっただけのようだ。
深海にも増して光を失ったその目では、僕らを捉えることは到底かなわないらしく、僕らが躱しても彼は挙動一つ変えなかった。そしてまた、徘徊を始めた。
彼以外にも、歩く屍になってしまった者は少なくない。というか、立って歩く者の大半がそうだ。
──ただのスタングレネードでこんな惨状に陥るのか?
スタングレネードはあくまでも目くらまし。一時的な無力化は可能でも、長時間にわたるような代物ではない。
しかし、僕の使用したスタングレネード──つまり、マイの体から出た物は見た目は普通だった。普通のスタングレネードだった。
なら、これは相手に問題があると見るべきだろうか。
音と光。あるいはそれ以外の要素のどこかに、原因がある。
だが、それは僕らの領分ではない。今の僕らにとって必要なのは逃げる為の一切。逃げられるなら、この惨状はむしろ好都合だ。
「いかす……ねい」
おそらく『行かさない』と言いたいのだろうが、呂律が回っていないせいで、おしゃれを履き違えたチャラ男のようになっている。
「……が」
意識や理性はあるようだが、大玉ころがしのような粗略な動きなので、冷静に背後に回り込み、右手の──マイの刀で首の後ろを打つと、壊れた人間みたいな声で呻き、倒れた。
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