甘言

5/5
前へ
/15ページ
次へ
 女の言う通り、それを見ても私には何の感慨もわかなかった。先程まで、あんなにかわいそうだと思っていたのに。むしろ解放感すら覚える。 「あの……」  話しかけようとしたが、女の姿は何処にもなかった。いつものバス停に私一人だった。  生温い風が頬を撫でる。  虚ろげな世界が実に変わったような気がした。 私の鬱屈とした靄も消え去り、見えているものや思考が、はっきりとした輪郭を帯びてくるかのようだ。  バスのエンジンの音が近づいてくるのを耳にしながら、私はそう思った。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加