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3章
目が覚めるとそこはすでに編集部ではなかった。壁のポスターや散らかった機材、何度見てもはっきりと思い出せるあの頃の部室だった。でも宮元はハッキリと気づいていた。これが夢だと彼は理解していた。疲れのあまり、居眠りして夢を見てしまっているんだと。
「なんでお前がのうのうと生きていて、俺が死んだんだ。」
声がして振り返ると常田、らしき何かがいた。輪郭は歪み足元は霞み、近づいてはいけないと本能で判断できた。
常田らしき何かはジリジリと近づきながら宮元に言葉を吐き出してきた。
「お前は凡才だ。天才に席を譲るべきだった。」
宮元は言い返す言葉があった。
〈あのとき俺は確かに席を譲った、だからお前はひとりで挑んだだろう。〉
だがその言葉を口にしようと開くも息が出てこなかった。恐怖だった。しかしそれは目の前の蠢く影のせいではない。彼自身が彼自身を認めることへの恐怖だった。
「そうやって逃げるだけだ。あの日一緒に夢見た道を捨て、お前はブランドを優先した。常田を裏切ったんじゃない。お前自身を裏切ったんだ。」
揺らめきは禍々しい影となり、膨れ上がって、宮元を呑み込まんとしていた。さっきまでは本能として危険を察知していた宮元の足が今は動かない。さっきまで宮元を襲っていた波は消えて、今はただ早く終わればいいという気持ちしかなかった。
「いい大学に入れば、コンテストにでも応募してれば、どっか大きな会社に入れば、どっかで自分が変わるとでも思ったんだ。そんな生温いことを考えていたんだ。」
何もかも正論だ、もう指一つ動く気力もない。宮元は立ち尽くし、夜よりも暗い闇が目の前にまで来ていた。
「そんな凡人のお前が代わりに死ねばいいんだ。」
宮元を潰すように闇が覆いかぶさった。しかし今の彼には暗闇は思った以上に居心地が良かった。
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