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お風呂上がりに歯を磨きながら、長い廊下を意味なくうろついていた。叔父さんみたいに何か考えているわけでもないけど、歯磨きする時にうろうろ歩き回るのは私の昔からの癖なのだ。
ふと庭に向いた窓の外を見やると、夜闇に和服の後ろ姿が佇んでいるのを見つけた。どうやら池の傍で鯉でも見ているらしいけど、しばらく経っても動こうとしない。私も歯ブラシを銜えてしばらく様子を見ていたけど、一度洗面所に行って口を濯いでから縁側に置いてあったサンダルを突っ掛けて庭に出た。
「叔父さん」
声を掛けるとゆっくりと振り向く。光源が家の窓と私が開けた縁側の戸の僅かな隙間から漏れる明かりだけだから、いつも笑っているように柔和な叔父さんの顔に濃い陰影が生まれていた。
「ああ、あゆちゃん。どうしたの。パジャマ一枚で出てきちゃまだ寒いでしょ」
言いながら着物の上に引っ掛けていた羽織を掛けてくれる。
お礼を言ってから、私は池の中を覗き込んだ。夜なので黒く見える水の中を、鯉がゆったり泳いでいた。
「叔父さん、さっきからずうっと池の中見てたでしょ。何してるのかなーと思って」
「ああ……うん」
曖昧に頷いて、叔父さんも池を覗く。気のせいか少し表情が沈んでいるようだったから、私は余計なお節介だと思いつつも口を開いた。
「何か困ったことでもあるの? 悩み事とか」
「……」
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