池の鯉

5/10
前へ
/10ページ
次へ
 まず何から話したらいいかな。  そう──弟は名前を有といって、僕より六つ歳下だった。姉さん──あゆちゃんのお母さんとは九つ違いだね。  有はとにかくやんちゃで、山の中を駆け回ったり友達と取っ組み合いの喧嘩をしたり、いつもどこかしらに傷を作ってるような奴だった。  家の中でもよく悪さをして、親や姉さんに叱られてた。  ──二十五年前の五月五日だった。  父さんは何日か前に庭に鯉のぼりを揚げてくれて、母さんはご馳走とケーキを作ってくれた。たっぷりの生クリームと苺のケーキでね、とても美味しかったな。今でも憶えてるよ。  そしてお祖母ちゃんが──あゆちゃんから見たらひいお祖母ちゃんだけど、生まれる前に亡くなったから会ったことはないよね──そのお祖母ちゃんが、どこからか鯉を二匹、持って帰ってきたんだよ。立派な錦鯉だった。  その頃は庭の池には何もいなくて、維持するのも大変だから水を抜いてしまおうか、なんて言ってたんだけど、その日からは鯉の住み処になったんだ。  僕達姉弟はみんな喜んで、池に放した鯉を飽きもせずに見てた。  そんな僕達に、お祖母ちゃんが言った。この鯉は普通の鯉じゃあない。いつもお世話になっている神社の神主さんに戴いた神聖な鯉なんだから、決して悪さをしてはいけない。恐ろしい祟りがあるから、って。  けど僕も姉さんも、年寄りが好きそうな類の話だと思って適当に流した。僕らでさえそうだったんだから、もちろん有だって殆ど聞いてすらいなかったと思う。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加