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その時、澄んだ声が届いた。
「あのーお取込み中でしょうか?」
現れた、白いワンピースの美少女。彼女は言い争いになっている僕たちから少し離れたところで様子をうかがっている。黒く艶のある髪に白い肌、赤い髪飾り。きっと、あの鶴に違いない。流石に着物ではなく現代風の服装か、悪くない……じゃなくて、タイミング! 何も今来なくても!
僕はとっさにヤクザと美少女の間に割り込んだ。
「逃げてください、ここは僕が!」
「あ、あなたは……!」
美少女が驚き、こちらに走ってくる。やめるんだ、こいつは君のことを狙っているんだぞ。
「お礼なんていいから、今はこっち来ちゃダメなんだってば!……って、え?」
僕は彼女を止めようと両手を広げた……が、彼女は僕の脇をするりと抜けていってしまった。
そして、ヤクザの前で立ち止まった。上がった息を整えるため、彼女は数回深く呼吸した。
「あの、あのときのトラばさみさんですよね?」
「……だとしたら?」
ヤクザが凄む。美少女は少し目を伏せ、しかしすぐに顔を上げた。その頬は、彼女の髪飾りと同じように赤く染まっていて。
「力強く私の足を掴んだ強引さ、それでいて、獲物である私のことを決して傷付けない優しさ……。私、あなたに心奪われてしまったんです!」
その言葉にヤクザは背を向けた。
「……ワシがどんなもんかわかっとんのか?」
「はい。それでも、あなたのおそばに」
それは芯の通った口調で、彼女の意志の強さを感じさせた。ヤクザが振り向いて、フッと笑った。そして、彼女をそのままに歩き出す。彼女は俯いて顔が曇った。
辺りに沈黙が訪れる。彼女が唇をかみしめているのが見えた。肩が震えている。
するとヤクザの革靴の音が止まった。ヤクザは、天を仰いだ。
「変わった女や……。好きにせえ」
彼女の顔がぱあっと明るくなる。そして、小走りでヤクザの背中を追っていった。
取り残された心優しき青年は、二人の背中が小さくなっていくのを、ただ茫然と眺めていた。
「あれ、恩返しは?」
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