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『
五年前の私へ
十八歳の私は、何を考えていただろうか。仔細には覚えていないが、大学一年生だから、広がる世界に目を輝かせ、希望に満ち溢れていただろうと思う。
すまない。この世界には、もう、何もない。
この五年間で、私は、私が特別ではないことに気が付いた。世界が広がると、私は私じゃなくてもよくなってしまうんだ。代替可能だ。私ができることは、他の人にもできる。それどころか、私にはできない事を、当たり前のようにこなす人がたくさんいる。世界は上手くできていて、もし私がいなくなっても、その空白は瞬く間に埋められていくだろう。私は、井戸の外では、何も積み上げられなかった。世界が広がるにつれて、私は、私の存在が薄まっていることを感じた。
それでも、私は決して不幸ではなかった。私を特別だと言ってくれる人が居た。彼女さえいれば、私は私という存在が確かに世界の中にあると安心できた。就職浪人までして、やっと希望していた仕事に就くこともできた。趣味も増えた。まだやっていける、そう思っていた。
だが、この世界で生きていくことはできない。
机の上の小瓶は、五年前の自分に戻る薬だ。五年間の記憶が消去され、考え方も昔の自分になる。五年前の自分からすれば、急に五年後にタイムスリップするようなものだ。今の自分は消滅する訳だから、ある意味では自殺であるのかもしれない。
君に押し付けることを申し訳なく思う。願わくは、私のようにならないでくれ。
』
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