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『
五年前の私へ
二十三歳の私は、何を考えていただろうか。社会人一年目だから、挫折を経験し、アイデンティティを見失いかけながらも、希望した職に何とか就いて、心新たに進みだそうとしていた頃だろう。
すまない。この世界には、もう、何もない。
四年ほど前、今の君から見て一年もしないうちに、私は大切な人を失ってしまった。原因などない。人の心は永遠ではないというだけだ。誰も悪くなかった。時が流れる中で、彼女にとって私は特別な存在ではなくなった。私が彼女に何を伝えても、それは届かなくなった。それでも彼女は心変わりしてしまった自身を責めるので、私は何も言わなくなった。私にとってはまだ特別な彼女を、傷付けたくなかったからだ。彼女が名も知らない男と結婚したと聞いたのは一年前のことだ。
それでも、私は自分の人生を投げ出さなかった。誰も特別だと言ってくれなくとも、私には仕事でやるべきことができていた。私でなければできない事とまでは言えないが、誰かはやる必要がある。趣味だって、昔ほど手広くはやっていないが、それでも楽しめている。まだまだ、捨てたものではないと、そう思っていた。
だが、この世界はそうではなかった。
机の上の小瓶は、五年前の自分に戻る薬だ。私にはどうすることもできない。若い頃の私ならば何かできるのかもしれないという、現実逃避だ。
君に押し付けることを申し訳なく思う。願わくは、私のようにならないでくれ。
』
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