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私は、もう一つの手紙を読み始めた。
『
五年前の私へ
二十八歳の私は、何を考えていただろうか。彼女が結婚して少し経つ頃だから、仕事に力を入れていたと思う。
すまない。この世界には、もう、何もない。
この五年間で世論は変わった。ある研究結果が支持されると、私が、君が入社してから積み上げてきたことが全部無駄、いやむしろ世に悪影響を与えていたことが分かった。世界に迷惑をかけて、代わりが居るどころか、居ないほうがいい存在だったことが分かった。
それでも、私は自分の人生を続けてきた。特別でなくたって、世に不必要だって、生きていればきっといいことがあるはずだから。趣味も続けていた。今まで読むばかりだった小説を、今では書くようになった。仕事を干されたおかげで旅行に行く時間も取れるようになったのは怪我の功名であった。
だが、私はこの先を諦めることにしたよ。
机の上の小瓶は、五年前の自分に戻る薬だ。この世界は、私には必要ない。
君に押し付けることを申し訳なく思う。願わくは、私のようにならないでくれ。
』
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