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 ごく短い旋律を歌い終えたとき、劇場は夜の水面のように静まりかえっていた。  この歌は、賛美歌とかいうらしい。  毎日歌わされてはいたが口まねで覚えさせられただけだから、意味までは知らない。きっと沢山の子供たちが好き勝手に喋るから、いっとき気を静めるのに使っていたのだろう。  元は奴隷商人だった人間が悔い改めて作った曲だと聞かされた気はする。そのときしおんは思ったものだ。のんきに歌なんか作って、死んだ奴隷はどっちにしろ戻らない。  つまりこれも無駄だ。無駄な曲だ。  静まりかえっているのは、そんな胸くそ悪い曲だからだろうか。この場に相応しくなかっただろうか?  ――知るか。なんでもいいから声を出せと言ったのはそっちだ。  だが、やがてその静寂を破ったのもまた、あの声だった。 「そいつをもらおう」  そいつだと? 雑な扱いにむかっとする。どういうわけかそれまで大人しくしていた興行師も、はッと我に返るや否や戸惑った様子だ。 「いえ、龍郷様、こいつは――」  興行師にしてみれば、自分が推挙する者を取らせたいに決まっている。だいたい、俺だってユウを追ってきただけで、成り行きで歌っただけだ。  そう、成り行き。     
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