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だが、デザイナーによる粋な色使いのそれが街のあちこちに貼り出されると、実際に両方をはしごする客が増えた。くり返し目に入ると、人はそんなものかと思うようになるらしい。
新しい売り場を作るなどの投資をすることもなく、使ったのは印刷費だけ。実に安上がりに、言うなれば帝劇の威を借りて客足を伸ばしてしまった。
そういうやり方を自分を見ていて思いついたというのなら、正直、喜んでいいのかしおんとしては微妙なところではある。
だがポスターを手がけた当人としては得意に思いこそすれ、罪悪感はないようだった。
「さながら君は龍郷一真のミューズといったところかな」
「みゅ……?」
龍郷に拾われてから横文字にもずいぶん慣れたつもりだったが、初めて聞く言葉はまだまだある。眉根を寄せたしおんに、デザイナーは作業の手を止めてくり返した。
「ミューズ。芸術の女神だよ。僕たちは創作のひらめきを与えてくれる存在をそう呼ぶ。ほら、夢二とか」
「ああ……」
竹久夢二。しおんもその名は耳にしたことがある。男同様、日本画とデザイン両方を手がける当節人気の画家だ。特に憂いを帯びた女性の絵や、少女向けの叙情画で人気がある。
「だけど確かそいつって……」
「ああ、おしゃべりがすぎた。社長は締め切りには厳しいからなあ。はい、黙って、じっとして」
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