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「僕は名ばかりの華族の、しかも三男だから。華族の世界なんて、ご維新の前となにも代わらない。絶対的な家長制度で、他はわずかな家作を与えられるだけなんだよ。僕は龍郷のところとは逆だね。念のため男子を沢山こさえたけれど、上が健やかにお育ちになったものだから、幼年学校で一緒だったよしみで龍郷がここに呼んでくれるまで、居場所はなかった」  いつも穏やかに笑みを刷いている野々宮の瞳が、まるでかつての空虚な日々に怯えるように翳る。所詮は金持ちの生まれのくせになにを、という憤りは、伯父だという男の龍郷への態度も見てしまった今、湧き上がってはこなかった。  知らぬうち、つられるようにして神妙な顔になってしまっていたのだろう。重くなった空気を霧散させるように、野々宮が軽口を叩く。 「秘書を探してる龍郷に再会したとき、あいつ、いきなり〈おまえ、三男か〉って言ったんだよ」  それは、野々宮にとって自分ではどうにもできない枷だった。他人には、触れられたくもない。 けれど龍郷は、その一番繊細なところに無遠慮に踏み込んで来たという。いかにもありそうで、他人事ながら口の中に苦い味が広がった。オムレツライスが台無しだ。  おまえ、本当に無神経だなーーここにいない男のことを腹の中で罵る。 けれど野々宮は言った。なにか大切なものの包みをそっと開けるような顔つきで。 「それでこう言った。〈じゃあ、なんにでもなれるな〉……って」  その、たった一言。  こともなげに告げられた一言で、野々宮の世界は一変した。     
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