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「それまでは、自分にはなにもないと思ってた。お家の存続のため母や妾を犠牲にして子供を沢山作って、勝手におまえは三番手だよって序列をつけてくる世界にうんざりして……でも本当は僕には最初からすべて〈あった〉んだ。龍郷はそれに気づかせてくれた」  世界はくるりと反転する。  その瞬間の野々宮の驚きが、しおんには手に取るようにわかる。自分もそうやって龍郷に世界を変えられたから。この髪と肌と目の色は武器になると教えてくれたから。  けれどそれを野々宮のように素直に認めるのは悔しい。かろうじて絞り出した言葉は「あいつ、すぐそういう調子いいこと言う」という、棘を孕んだものになった。野々宮はそれを咎めることはなく、「たしかに、うまく乗せられて仕事始めたら、もう大変」と笑う。 「だけど、あいつも実体験から来てるからね」 「実体験?」 「英国の学校にひとりで通ったんだよ。もちろん同じ日本人なんて誰もいない。名前の知れた名門校だけど、所詮は子供の集まりだ。極東の小さな国からやってきた黒い髪と黒い瞳の生徒は目立つ。あまり詳しくは語らないけど、いじめは当然あっただろうね」  しおんは龍郷の羨ましいほどの黒い髪と、夜の水面のように深く黒い瞳を思った。     
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