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野々宮の言葉を反芻仕切らないうちに、不快な囁きが耳に入った。
「まあ、ご覧になって。あそこのテーブル、小松原様のご夫妻よ」
「いやだわ。噂は本当だったのかしら」
さりげなく視線を走らせれば、近くのテーブルに年配の婦人三人組が陣取っていた。美しく装って、まさに今日は帝劇、明日は龍郷の典型的な客層だ。いかにも、噂好きそうな。
ただの囁きなら他人の会話など耳には入らなかっただろう。
それが悪意のあるものだったから、そういうことに敏感に生きてきたしおんの耳に留まったのだ。
三人のうち残りの一人が訊ねる。
「噂って?」
「小松原様がお嬢様を龍郷様に嫁がせようと画策なさってるって話」
「え?」
一瞬、その声は自分が上げてしまったのかと思った。
「まさか。だって、――平民よ?」
最後の言葉はさすがに声をひそめて。けれどもうすっかり敏感になっていたしおんの耳には筒抜けだった。
「宗秩寮が許す?」
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