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「あのね、龍郷百貨店が、少年音楽隊の隊員を募集してるんだって」
「少年音楽隊……?」
百貨店の名前は聞いたことがある。日本橋にあるという、石造りの大きな店。元々は呉服屋だった店が明治の頃から洋品を扱うようになり「百貨店」とか「デパート」と名前を変えた。なんでもそこへ行けば一通りのものは揃うという。
「――って、なんだ?」
訊ねると、ユウは自分で切り出しておきながら首をひねった。
「楽器を弾いたり歌ったりする……? たぶん」
「たぶんって」
要領を得ないユウの言葉をなんとかつなぎ合わせて想像するに、ヂンタのようなものだろうか。楽器を奏で、耳目を引く口上を諳んじる。賑やかさの中に哀切を帯びた旋律は、サーカスや見世物小屋に不思議と合っていた。今こうしている間にも、六区のほうから風に乗って気まぐれに聞こえてくる。
それを少年たちにやらせて店の宣伝にしようというのだろう。百貨店の担当者から浅草の興行師に話があったそうだ。とにかく、歌える子供を集めろと。その選考会が今日行われているらしい。
「選ばれたら、寮に入って歌の練習をするだけで、毎日ご飯がもらえるんだって!」
ユウの顔は今まで見たことのないほど輝いていた。
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