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再び風呂に追いやられ、服を着る。わけもわからないまま急かされて乗り込んだのは、顔が映り込むほどぴかぴかに磨き上げられた自動車だった。
しおんたちの間では〈くるま〉といえばそれはだいたい人力車のことだ。まだまだ珍しい自動車を間近で見るだけでも驚きなのに、自分が乗るとなると、どうしても緊張する。それをこの男に悟られるのは癪に障って、なんでもないような顔をして乗り込んだ。
ぱりっとした制服に白手袋をはめた運転手がハンドルを握り、自動車は街へ出た。見たことのない速さで景色が後ろに流されていく。
ずっと、狭くて暗い路地裏から十二階を見上げて過ごしてきた。煉瓦造りの建物が並ぶ大通りは視界が開け過ぎていて、明るすぎて、かえってどこを見たらいいのかわからない。
「そこで停めてくれ」
不意に龍郷がそう命じる。運転手が無言で応じて停車した窓から外を覗くと、白い外壁に洋窓が並ぶ建物の前だった。窓の上には赤い庇が張り出している。
「なにをぼけっとしてる。おまえも来い」
いちいち命令口調が気に触る奴だ。だが、すぐに思い直してしおんは素直に車から降りた。
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